米ないよな
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・Twitterで流れてきたネタを派生しました
・現パロで大学生または社会人くらい





無機質なコール音が室内に響いた。文次郎はパソコンの液晶画面から目を離さず、机の隅に置かれた携帯電話に手を伸ばす。チラリと着信を確かめ電話を取ると、馴染んだ男の掠れた声が耳元で囁いた。

「何の用だ」

「文次郎」

「何だ」

「駅まで迎えにきてくれねぇ?」

その言葉に漸く顔をあげ、雨が降り始めていたことに気付く。中途半端に開かれたカーテンの隙間から覗く窓は、湿気で白く曇っていた。

数秒前まで外界と切り離された空間で作業に集中していたのに、意識した途端雨粒の奏でる規則的なリズム音が耳を捉えて離れない。部屋の外から聞こえる雨音なのか、電話越しに届く音なのか。文次郎には判断の仕様がなかった。


「…次郎……文次郎、聞いてんのかよ?」

「あ?人に頼んでおいて、その態度か?」

「おまえが黙り込むのが悪い!聞いてたか?迎えにきてくれんのか、どっちだよ」

電話の先で留三郎が唸るように威嚇してくる。全く、こいつは人にものを頼むときですら好戦的のようだ。

雨の中出歩かなければならない煩わしさを予想しながらも、「傘を買われるのも勿体ないからな」と溜め息混じりで受諾する。すると表情はわからずとも、打って変わって留三郎の調子が少し弾むのがわかった。


おもむろに立ちあがり、カーテンの傍に移動した。窓際は一段と気温が低く、文次郎はぶるっと身体を震わせる。

「しかし…このくらいの雨、どうにかならんのか」

「俺1人なら濡れて帰るつもりだった。だが、土産のシュークリームも濡れるけど。それでもいいのか?」

「それを早く言え。今から家を出る。駅のどこにいる?」

「北口」

「わかった」

「…ありがとな」

「…今日は降らないと予報だったのにな」

「土産にシュークリーム買ったのが悪かったのか…」

「シュークリームごときで雨が降ってたまるか」

「外で待つの寒い。早くこいよ」

「そのまま凍えとけ」

くだらない喧嘩に発展する前に、そこで強引に電話を切った。


現実に引き戻された頭で改めて部屋をぐるりと見渡すと、部屋は全体的に仄暗く、液晶画面だけがぼうっと光を放っていた。時計を確かめれば、文次郎が作業を始めてから疾うに数時間以上が経過している。

電話がなければ、きっと碌に休憩も取らず延々と作業を行っていたことだろう。目元に縁取られた濃い隈は、まさにそんな彼の性質の象徴ともいえる。


電話が切れると、不意に部屋が広く肌寒い空間に変わった。撥水加工の施されたコートを羽織り、玄関へ急ぐ。少し悩んでから、黒い大きな傘とビニール傘を1つずつ掴み、家を出た。






***





雨の所為か人気のない駅前に辿りつくと、留三郎は此方が近寄るのも待たずに傘の中に飛び込んできた。文次郎が狭いと難癖をつけるより早く、ビニール傘を受け取って、離れていく。

傘を渡す際に触れた手は冗談ではなく氷のように冷えていて、ぎょっとして隣の男の顔を確かめた。けれど留三郎は気にしていないのか、文次郎と目が合うと屈託なく笑うだけだ。


視線を勘違いしたのだろう。留三郎は傘を持っていない腕をひょいと持ちあげ、手元にぶら下げている小さな黄色い箱を掲げて見せる。

「この店のシュークリーム、うまいらしいぞ」

「それは楽しみだな」


急に強まる雨脚にそのまま早く帰ろうと続くかと思いきや、留三郎が動こうとしない。文次郎も足を止め、傘の中を覗き込むように留三郎を確かめる。

彼は思い悩むでもなく、唇を不格好に突き出し「んー…」と何か思い出しているようだった。

「留三郎。帰らねぇのか?」

「迎えにきてもらっておいて悪いが、文次郎は先に帰ってくれ」

「用事か?」

「俺はスーパーに寄って帰る。今、冷蔵庫何もないよな?」

「あー…今週からおまえが飯当番だったな」

「リクエストがあれば、今夜なら聞いてやるよ」

迎えの礼だということは、言わずとも伝わった。文次郎は顔をあげ、食べたいものを思い浮かべる。けれどこういうものは訊かれると直ぐには思いつかぬもので、返事の代わりに出たのは「俺も行く」の一言だった。

「食いたいもんは買い物しながら考える。それに俺がいた方が買い物は経済的だろう」

「会計伝統の算盤暗算術か」

「30円引きと15%引きの違いがわからねぇ奴に買い物を任せるのは心許ないからな」

「うるせえ。そんなのいちいち計算してられっか」

「そのくらい考えろ、阿呆三郎。ほら、この土砂降りの中喋っている時間が惜しい。行くぞ」

「何だとこの馬鹿…っ!あー……雨の中付き合わせて悪い」

「今更だ」

妙に低姿勢な相手にふっと頬を緩ませると、彼は拗ねたように唇を尖らせた。決まれば行動は早い。どちらともなく通いなれたスーパーに向かって足を踏み出す。

一歩足を差し出す度、パシャンと水が跳ね、二人のズボンの裾を濡らす。水分を含み色の濃くなった衣服はぬめりとして気持ち悪いが、なに帰れば着替えればいい話。それよりも雨の中で留三郎と肩を並べて歩く方が、暗い室内でパソコンと向き合いただ帰りを待つより胸が躍る。



「そう言えば、もう米がないぞ」

「おう、暫く麺使う」

「あ?それは許さん」

「なんで」

「お前の料理、白飯で食う方が好きだ」

「…なら買う。2キロ」

「俺が持つから5キロにしとけ」

「でも、傘持って米も持てんのかよ」

「おまえの傘に一緒に入ればいいだろう」

「あ、そうか」






Twitterより

「米ないよな」「うん、しばらく麺使う」「え、やだよ」「なんで」「お前の料理ご飯で食うのが好き」「…じゃあ買う。2キロ」「俺持つから5キロにしよう」「わかった」っていう若いにーちゃん二人連れの会話を背中越しに聞かされたスーパー内






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