ブラ/ックゴールド
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任務に失敗した二人。密書こそ入手したが、留三郎は負傷し、後方にはその重要機密を取り戻さんと敵が迫っていた。

帰路といっても、まだ任務の途中であることに変わりない。むしろ城内へ忍びこんだときよりも、現在二人は切迫した状況に追い込まれている。どうにか敵方と一定の距離を保てているものの、相手は一流の忍びである。侵入者を始末できるか否かは、相手にとっては命を懸けた仕事であるといっても過言ではない。


走り慣れない敵国の森の中、黙々とひた走り続けてきた。だが、左右に分かれた道を前にし、突然留三郎が立ち止まる。

「どうした、留三郎?止まっている場合では…」

「――……文次郎」

厳かな声で呼ばれた自分の名は、生い茂る木々の間に凛と木霊した。







おもむろに脚を止め振り返ると、続いて澄んだ眼差しが迫ってくる。文次郎はその視線を受けとめ、彼と正面で向かい合った。自分たちの背の何倍の高さもある大木に囲まれて、昼間だというのに辺りは仄暗い。虫の声1つ聞こえない静寂の中、留三郎が小さく口を開く。

「文次郎。どちらに進むか、決めようぜ」

「…?」

「おまえは右に行くんだ」

「…おまえ、は?」

「俺は、ここに残る」

その言葉に、文次郎はひゅうと息を呑んだ。

どちらに進むか決めようぜと、問われ息を呑んだ 右を示してくれた人は 此処へ残ると言った

留三郎の怪我で思うように進まない道のりで、もうそこまで追手が近付いている事を二人は充分に承知していた。それでも何も言わずに走り続けてきたのは、唯一残された「忍びとしての選択」も、互いに嫌というほどわかっていたからに他ならない。任務を承った自分たちが現状優先すべきは、密書を自軍まで持ち替えることただ1つ。そして万一、二人がかりで挑んだところで到底敵う相手でもない。


留三郎の意志を理解するには、その一言で充分に事足りた。


次は文次郎の答えを求めて、各々の視線が錯綜する。とはいえ紡ぐ言葉など見つかるはずもなく、虚ろな瞳で凝視し続けていると、彼はすっと面を伏せた。黒布からはみ出ている前髪が、ぱさりと男の眉間に影を落とす。

「共倒れはご免だ、文次郎」

「…ああ」

「…俺は後から追いかける、から」

「…ああ」

「文次郎、時間がないんだ。早く、行」



気付けば、文次郎は傷だらけの身体を抱き締めていた。


「――……ッ!!」

留三郎を腕の中に収めると、彼が拳を握りしめ震わせている様がよく見えた。血が滲むほどきつく結ばれた其処を、右手でそっと上から包み込む。空いた片手で彼の背をぎゅっと掴めば、二人は向かい合った格好で完全に密着した。ずっと纏わりついていた濃厚な血の匂いが、男の香りにかき消され途切れる。

「離れ離れになる事 怖い 怖い 側に居たい」と
動かない留三郎の耳元に、囁くように唇を寄せ、けれど何も伝えられずに身体を離す。改めて間近で見つめ合った彼は、まるで喧嘩の後のように無邪気に笑っていた。つられて場に似合わぬ笑みを返すと、細めた目尻がじりじりと熱をもつ。誤魔化すように額と額をぶつけ合えば、ごつんと鈍い音が鳴った。

「文次郎」

「…なんだ」

「一度やってみたいことがあるんだが」

「言ってみろ」

「……口吸いをしてもいいか?」

その発言から間もなく、文次郎は男の胸倉を掴み、乾いた唇を押しつけた。初めて触れた其処は、ふにゃりと柔らかく冷たい。先程の戦闘で口の端を切ったのか、どちらのともわからない鉄の味を舌先に覚える。


数秒の間もなかった。唇が離れた後に視界が捉えたのは、いつもの好敵手ではなく暗く狂暴な覚悟を決めたひとりの忍びの姿であった。

「これじゃ、足りねえな」

「ああ、当たり前だ」

「…続きは」

「追いかけてくるんだろう…?」


「文次郎…苦無を出せ。交換しよう」

男に託された刃物を握りしめ、文次郎は再び森を駆ける。


何が真実だとか 冷たい苦無だとか 見てよ、ほら見て歩いてる 闇の中で歩いてる

(忍びの在り方など)誰がいつ決めたのか 神様は何処に居るんですか 埋まらない 埋まらない


離れ離れ遠く離れ 背中合わせに競った男へ 最後にくれた優しさ、ここに残す 色褪せないように

離れ離れになる事 犠牲・代償、その覚悟  僅かに触れた愛情と誓いを交わした刃物握って 足跡消えないように
 


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