箱庭
.






重たい瞼を持ち上げれば、ひやりとした朝の冷気が網膜を刺激し、文次郎は途端覚醒する。けれど布団に包まれた首から下は、ほっこりと温かく、彼の肌と密着している個所に至っては汗を掻くほどに熱を帯びている。

くうくうと大の男にしては可愛らしい寝息をたてる彼の頬に、ぴたりと手のひらを張り付ける。外気で冷えていた頬は、無意識に与えられた温もりに擦り寄ってきた。


隣で眠るのは、一度は道を違えた好敵手。本来であれば二度と逢うこともなかった特別な男。

留三郎は忍びとなるために、自分が卒業時に全てを捨てていったことを気にかけていた。が、何故そうまでしなければ己が情を割り切ることができなかったのかとまでは考えも及ばないのであろう。




ぼさぼさに乱れた髪にそっと手を伸ばす。癖のある柔らかな前髪をぐいっと引っ張っても、留三郎からの反応はない。つまらなくなって次に耳元をさわさわと撫でれば、漸く擽ったそうに身悶えた。それでも起きるには至らない姿に、忍びとして大丈夫なのかと無駄な心配が過る。

とはいえ、ぬるま湯に浸かっているような日々の中で、毒気を抜かれているのは何もこの男に限った話ではないだろう。自ら強請って肌を合わせた日から、布団の数が1つ減った。例えばもし留三郎が、自分に恨みを持つ者からの内通者であったら。ここ暫くは調理包丁以外、刃物に触れていない。寝首を掻くのにこれほど最適な状況もないだろう。それ以前に、身体を許した時点で最早文次郎に逃げる術などなかったわけだが。


基本的にはこれまでずっと命を狙う側に居ただけに、不意にそんな予測を立てることは職業病に近いのかもしれない。けれど、忍びとして闇に生きるためには必須の感覚であることも違いない。



耳元の悪戯にも慣れてしまったのか、再び留三郎からの反応がなくなる。仕方なく弄ぶ手を休め、今度は彼をそっと手前へと抱き寄せた。更に近付いた体温に、彼の口元がふにゃりと緩む。驚いて様子を窺うも、意識があるわけではないらしい。

堪らなくなってぎゅうぎゅうと抱きつけば、留三郎も負けずと脚を絡ませてくる。

空回る不器用さもあなたはほほえむから 探してた答えなどもうどこにもないから

ふと過ぎる既視感に似た強烈な不安は、この時間があまりに浮世離れしているからだろうか。






「文次郎、苦しいんだが」

「ん?」

はあっと熱っぽい吐息と共に、くぐもった声が頭の横から聞こえる。布団の中でがばりと肩を押し返せば、留三郎が薄らと涙を蓄えてこちらを睨んでいた。

「朝から絞め殺すきか、この馬鹿」

「起きたなら、自力で跳ね退けるくらいすればいいだろ」

「起きぬけでそんな力が出せるかよ」

「全く。怪我人相手に情けねぇな」

「だから!俺は今、起きたんだよ!」

密着していた脚をがしがしと蹴り合うも、腕は再び互いを求めて相手の背中へと回される。がつんと額を突き合わせた後、二人は顔を見合わせてけらけらと笑い合った。

永遠とは何かを感じさせてね 頬を寄せて吐息を合わせて 探してる答えなどもうどこにもないから

「今日は何の日か知ってるか?」

「日付の感覚なんて覚えてねぇよ」

「暦では桃の節句だそうだ」

「…もう春、か」

「今日な、隣町で桃の節句の祝い事をやるらしいんだが――…」


微笑みながら話す留三郎は、そのまま溶けて消えそうなくらいに 儚い。




もしあなたと始まることになっても かまわないと今なら強く言えるの





.




戻る

TOP











「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -