カゲロウデ/イズ
.





忍術学園を卒業して、早5年。あの頃の同級生らは、中には忍びにならなかった者もいるが、各々過酷な立場へと道を違えて行った。固い絆のもと別れた彼らとは、風の噂は聞くものの、幸いにも卒業以来誰一人遭遇していない。

今度顔を見えるときは…余程のことがない限り、互いに刃を向け合うことは必至である。学園に在学中は幾度も肌を重ねたことがある愛しい好敵手とも、次に逢うときは常の喧嘩ではなく最初で最後の勝負のときだ…と、拳を合わせて誓いを立てたのは、つい昨日のことのように思い出せる。


血生臭さのたちこめる戦場で、敵として再会したかつての同朋は、よりによって1番逢いたくなかった男だった。



プロの忍者となった二人は、当然ながら顔を黒布で隠し、自分の気配は殺気を纏うことで極力消している。でもそれはもう理屈ではなく、身体に馴染んだ感覚が脳に直接訴えていた。目の前で武器を構えたまま、茫然と固まっている男が誰なのか疑う余地もない。同じく茫然と突っ立っていた留三郎は、文次郎の背に向けて飛んでくる矢を視界に捉え、気付けば地面を強く蹴っていた。





…――バッと突き刺さった矢尻が、一瞬にして留三郎の背中を貫く。一呼吸遅れて、血飛沫が蒼穹に艶やかな色を添えた。


文次郎を庇って背中に突き刺さったはずの矢に、不思議と痛みは感じなかった。けれど鬱蒼と生い茂る草むらへ倒れるわが身に対して、なす術はない。せめてと上半身だけでも起すと、突き刺すような眩しい日差しが目をツキンと焼いた。歪む視界の先に見える恋い慕う男は、情けなく眉を歪めて、らしくもなくぼんやり立ち尽くしている。


彼は…ああ見えて然程強くはない。三禁を掲げて厳しく自分を律している裏側で、本当は情に脆いのだ。



駆け寄ってきた文次郎が、そっと自分の身体を抱き起す。その腕に身を委ねると同時に、ぽたりと頬に温かい水滴が触れた。その水源を辿るように顔をあげれば、相変わらず不健康そうな隈をこしらえた男が静かに泣いていた。

その涙を拭うように、彼へ手を伸ばす。顔まで届かずに落ちそうになったが、文次郎はぎゅっとその手を拾い、自らの唇に擦り寄せた。されるがままに受け入れた温もりは、外の暑さに紛れてよくわからない。


戦場はまだもう一荒れくるであろう。こんなところで、彼は死に逝く自分に構っている場合ではないのだ。

「もんじ、もう…いいから…」

「…留、三郎」

「おまえは先に…行けって」

留三郎は薄れゆく意識の中で、うわ言のようにそう繰り返した。全身が鉛のように重い。彼に伝えたい事柄は沢山あるはずなのだが、何も言葉が出てこなかった。仕方なく笑みを浮かべると、文次郎はひくりと喉を震わせて、腕の力を強める。


何処かで何時かまた出会えたら、俺たちはやり直せるのだろうか?学園で止まってしまった時間に…続きはあるのだろうか?


頬を濡らす温かい雫を拭ってやる力すら残っていない。心地良い男の香りだけを嗅ぎ取って、留三郎は懐かしい感触の中でゆっくりと意識を手放した。







濃厚な血の香りが彼の気配と混ざり合って咽かえる。まだ熱い身体を掻き抱いて、文次郎は最早声にならない哀情を天に吼えた。


嘘みたいな陽炎が 「嘘じゃないぞって嗤ってる」 

夏の颯爽とした空の下、かき回すような蝉の音に全て眩んだ。








.




戻る

TOP











「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -