繰り返し一粒
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目が覚めたときに、室内に留三郎の姿はなかった。文次郎は身体を起し、ぐいっと背を反らす。睡眠不足を訴えていた身体は、一晩の充分な眠りによって見違えるほどに軽くなっていた。昨夜のことが夢ではない証拠に、小屋の灯りは消され、覚えのない掛け布団が足元に落ちている。


あの後、文次郎が留三郎に声をかけることはなかった。前に課題の為だと言い切られた発言が頭の隅で邪魔をして、どうにも男の甘言を素直に受け入れられずにいる。

随分臆病になったものだと、起きて早々にそっと自己嫌悪を含む溜息を洩らす。明るい日差しの下に立って、漸く自分の卑怯さに嫌気を覚えた。



忍びの道を行くのであれば、二人の関係がただの同級生という枠組みに戻った現状に何の問題もないのだ。課題のためであったと割り切ってしまう方が、余程現実的である。

自分がどうしたいのか、明確な答えは出ていない。それでも、もう一度留三郎と向き合わなければと、文次郎は勢いよく小屋を飛びだした。






しかし長屋に戻り留三郎を探すも、彼は忽然と姿を消していた。次第に任務実習の時間が迫ってきたので、文次郎は諦めざるを得ず、慌ただしく支度を整え集合場所へ急ぐ。すると、先程まで探しまわっていた張本人が何故か仙蔵や他の仲間たちと共に立って待っていた。


文次郎が些か戸惑いながら留三郎を見やれば、昨夜のことは幻だったと言わんばかりに直ぐに目を逸らされる。ジャラジャラと鉄双節棍を弄っているところをみるに、どうやら彼もこの任務の参加メンバーのようだ。


「遅いぞ、文次郎」

「悪い」

何であいつがここにいるんだと視線を送れば、仙蔵は難なくそれを読み取って説明した。

「前線組に留三郎を加えることにした。文次郎は後援組にまわれ」

「は?俺が前線に加わる予定じゃ…っ!」

「これは先生方から命令だ、文次郎」

「…わかった」

いつになく仙蔵の高圧的な態度に、彼が自分に対して憤っていることを察して大人しく黙る。昨夜は久しぶりに身体を休めたとはいえ、仙蔵はここ最近の文次郎の集中力のなさなど充分把握していることだろう。そのために留三郎が引っ張りだされたのかと思うと、不甲斐なさについ唇を噛みしめた。


前方で他の仲間と打ち合わせをする留三郎の後ろ背を眺めながら、この任務が終わったら彼と話をしようと決意を固める。名前を呼ぶだけではない、あの温もりに自分が抱いていた素直な思慕を言葉にして、例え拒絶されたとしても正直に留三郎に伝えなければならない。








***








高級品を運ぶ商人の一群を護衛する任務だった。直接商人に付いて護衛を行なう前線組と、その前方後方を各々見張り、事前に襲撃から備える後援組に分かれている。この前線組に文次郎は配置されていたのだが、急遽変更を言い渡され、仙蔵とともに後援組に移ることになった。

この周到な警備により、賊が現れても確実に商人を護れるよう工夫されていたはずだった。だが、伏兵は思わぬところから現れた。



森の中に響いた銃撃音に、文次郎ははっと顔をあげた。鳥たちが一斉に空へ逃げ、木々で鬱蒼と覆われた森は、一時夜が訪れたように暗い影を落とす。すぐさま隣に佇む友人らと目で合図を交わすと、一目散に音のする方へ走りだした。


駆けつけた先では、別れた前線組が漆黒の服を着た男たちと闘っていた。まさか金目目当ての盗賊ならともかく、忍びが現れるとは想定外である。とはいえ後援組が加勢すれば、人数比から圧倒的に有利になる。文次郎は躊躇うことなく乱戦の中に飛び込み、得意の袋槍を取り出し構えた。

金属器が飛び交う戦場と化した森の隅に、留三郎の姿はなかった。恐らく商人らを逃がす役割へ回ったらしい。相手が子どもと言えど、人数から敵わないことに気付いているのだろう。敵の忍者に恐れるほどの殺意はなく、どこか引き際を探っていることには気付いていた。


そこまで考えが至り、不覚にも油断したのだ。始めに火縄銃の音を聞いて駆けつけたことを忘れていた。




「―――文次郎ッ!!」

パンッと小気味よい音と共に、どさりと重たい物体が落ちる嫌な音がした。その音の正体も全て視界が捉えているというのに、何が起きているのか理解する術はない。けれど気付けば、身体は弾けるように目の前で崩れ落ちる留三郎に向かって走り出していた。


その場に横たわる身体を抱え起こすと、咽かえるような血の匂いに目眩を覚える。彼の身体を支えようと差し出した両手は、べったりと血に塗れすぐに温かくなった。仲間たちが次々と駆けより、指示を出したりと遠くの方で騒いでいる。その混乱に乗じて敵の忍者は逃げたらしい。けれど最早、文次郎の耳には何ひとつそれらの情報は届いていなかった。


腕の中の男は妙にすっきりとした面持ちで、まるで眠っているように見える。


文次郎は昨夜自分がされたのと同じように、男の顔を覗きこみ耳元に唇を寄せる。


「留三郎」

擦れた声で名前を呼ぶも、男が応えることはなかった。



「…留三郎……留三郎…」

男を抱きすくめたまま、文次郎は狂ったように名前を呼び続けた。掠めるように自分の顔と触れた頬は氷のように冷えている。けれど耳を澄ませば、断続的な呼吸音が僅かに聞こえてきた。

「留三郎」

「……もん、じろ…?」

目の前の唇から零れる微かな音に、文次郎はゆっくりと顔を上げる。

「…泣いて…んのか?」

「…とめ…さぶろう」


名前を呼ぶことしかできない自分に、留三郎は薄らと微笑んだ。



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