7 . (文次郎視点) 文次郎が違和感に気付いたのは、ふたりで休日を使って学園長の特別任務をこなした2週間後のことであった。 近頃、留三郎と会話をしていない。いや、2週間の中で喧嘩をすることは度々あったのだが、逢瀬と呼べる関わりがなかった。この時期は特別な実習が入っているわけでも、委員会活動が忙しいわけでもない。 2週間もあれば何事もない限り留三郎から誘いを受けているはずだが、思い返してみても彼から話しかけられた記憶が見つからない。喧嘩に関して以外では文次郎が誘うようなことはないため、彼から接触がなければあっさり疎遠になる。 体調でも悪いのかと疑問を抱くが、喧嘩はしているのだからそれに気付けぬはずがない。気に触ることがあれば直接怒鳴りこんでくる相手だけに、こんなことは今まで初めてであった。 そこまで考えて、自分が留三郎の隣を己の居場所と認めていることに愕然とした。まだ課題を言い渡された日から数えても、2ヶ月あまりである。 手元には、また学園長から頼まれた任務があった。前に承った仕事が先方に好評だったらしい。彼に声をかけるきっかけにはちょうど良いと、見かけなくなった男の姿を探す。 常からわざわざ留三郎の元を訪れることなど、予算の打ち合わせ等の言い訳がなければできない。仕事の依頼内容が記された巻物を握りしめ、放課後に用具倉庫へ赴けば、後輩たちと楽しげに談笑する男を見つけることができた。 「留三郎」 犬猿の仲だと公認されている文次郎が近寄ってきたことで、素直な下級生らは無自覚なのか僅かに身構えていた。それに苦笑を洩らしながら、文次郎は作業を続ける留三郎の目の前に立つ。作業中の手元に影が差したが、彼は金槌を振りおろす手を休めず、顔を伏せたまま返事を寄越した。 「…何か用か?」 「いや…以前受けた任務の評判が良かったらしく、また学園長先生からお使いを頼まれたんだが、次の休みに…」 「あー、悪い。次の休みは、作法の奴らに仕事を頼まれているんだ」 「は…そ、そうか…」 散々悩んで考えた誘い文句は、間髪いれずに断られた。もう他に用はないのかと留三郎に一瞥され、文次郎はその冷めた瞳に不甲斐なくびくりと怯えを抱く。 視線を避けるように身体を反転させると、「邪魔して悪かった」とだけ残して、すぐさま立ち退いた。 *** その夜。文次郎は、は組の私室へと向かっていた。暫し色恋など他人の感情に鈍いと言われる文次郎と言えど、昼間の留三郎の態度が不自然なことくらいは理解している。だからといって何が原因かわかるはずもなく、蟠るこの感情を1日持て余した結果、相手に直接問い詰める他ないという考えに辿り着いたのだ。 留三郎が文次郎に対する不満を真っ直ぐにぶつけてこないなど滅多にないことだが、このような状態はこちらがもう1分たりとも堪えられそうにない。 「ところで留三郎、おまえはあの課題は終わらせたの?」 彼の私室の一歩前といったところで、以前にどこかで聞いたような台詞を耳にした。忍びとしての性分で音を殺し動かしていた脚を、はたと休める。 「何だよ、急に」 どうやら伊作が留三郎に話しかけているらしい。どこからともなく込み上げてくる嫌な予感が、ざわざわと自分の血管を煽りたてる。息を殺して声が届くぎりぎりのところに立つと、文次郎はそのやりとりにぎゅっと意識を集中させた。 「ううん、ちょっとある噂を聞いたものだからさ」 「どんな噂だよ?」 「君と文次郎がそういう仲だって、話さ」 「…ほう、初耳だな」 伊作の言葉に心臓を鷲掴みにされた感覚に陥る自分に対して、留三郎の声に動揺は見られなかった。その態度に、密かに抱いていた疑いが靄を晴らして目の前で露わになっていく。棒立ちになっている文次郎の存在は気付かれることなく、室内の二人の会話は進んでいく。 「で、噂は本当なのかい?」 「…何でそんなこと、答えなきゃいけねぇんだよ」 「別に、僕相手に隠すこともでもないだろうに。ただ、君たちがどういう経緯でそうなったのかは多少気になったんだ」 苛立ちの籠る口調に、伊作は僅かに慌てながら弁解をするように説明した。その言葉に、留三郎は一層苛立ちをこめた低い声で、まるで敵を威嚇するように唸り声を発した。 「課題のために、俺が誘っただけだ」 「…課題のため…に?」 それに質問に、留三郎は何も訂正せず黙り込む。文次郎が来たときと同様に静かにその場を離れたことに、二人が気付いた気配はなかった。 . 戻る TOP |