6 . (留三郎視点) 学園へ戻り、いそいそと早めに湯を浴びた留三郎が一旦自室に戻ろうとしていたとき、これから会おうとしていた男の声が聞こえてきた。ちょうどよいと一度は近寄ろうとするも、相手がひとりではないことに気付き、とっさに死角に隠れる。 話声から察するに、文次郎は同組の他の生徒と一緒らしい。委員会での繋がりもあって文次郎や仙蔵とはよく話をするが、い組とは組の関係は、ジンクスでもあるのか、この学年になってもあまり良好とは言い難い。 関わらないに越したことはないと、大人しく待ち合わせ場所へ向かおうと身を翻そうとする。けれど気になる発言を、留三郎の耳は捉えてしまった。 「潮江、おまえはあの課題は終えたのか?」 「まさか、この三禁三禁うるさい堅物が色の課題を終えているはずがないだろう」 どうやら彼らは少し酒が入っているらしい。些か呂律の怪しい口調で、文次郎に絡んでいる。そんなにべたべたとそいつに触るなと醜い嫉妬心が疼くが、当の文次郎は困惑した表情ながらも彼らを適当にあしらっていた。 「そんなこともないかもしれないぜ?」 けれど、1番背の高い男のこの発言で、離れた場所にいる二人にぴりっと緊張が走った。 「なんだよ?こいつが色の課題を終えているっていうのか?」 「最近、夜間の自主練で見かける回数が減ったと思わないか」 「おい、おまえら…」 文次郎が流石に口を挟もうとしたとき、先に男が確信めいた言い回しでにやりと笑った。 「お相手はせいぜい、は組の喧嘩相手だろう?」 二人が息を飲むと同時に、周囲に群がるい組の連中がざわめく。 「それって…あの用具委員会委員長かよ?」 「何だ、それ。流石だな、忍びなら使えるものは何でも使うってことか?」 「誤魔化そうとしても無駄だぜ。たまたま逢引しているところを見てな。今日も楽しくお出掛けしていたようじゃねぇか。いつも喧嘩していると思えば実はお熱い仲だったとはな」 「…っ!いい加減にしろ!」 嘲笑うように好き勝手語りだす奴らに、自分が飛び出すより早く、文次郎が最初に突っかかってきた男を壁に押さえつける。男は一瞬怯んだが、さすがに大人しくそのままとはいかず、不快そうにその腕を取り払う。 腕を退けられても文次郎はぎろりと睨む姿勢を変えず、淡々とした口ぶりで怒りを露わにした。 「誰と課題をこなそうが、俺の勝手だ。それにお前らが言ったように、あれはそういう課題だろ?未だに相手の一人や二人も見つけられないお前らに言われる筋合いはない」 その言葉に反論する余地を失った同級生は、呆気なく一斉に口を噤んだ。その隙にこの場を去ろうとする文次郎に、先程押さえつけられた男が苦し紛れに彼を引きとめる。 「ということは、あいつとは課題のために付き合っているということだな?」 その言葉に、これまで冷静を保っていたように見えた文次郎の肩が僅かに強張った、気がした。けれど振り返り、男からの視線を怯まず受けとめた彼は至って落ち着いた様子で、その唇は「あたりまえだろう」と確かに肯定してみせたのだ。 *** 「すまん、遅れた」 裏山の奥にひっそりと存在している小屋が、二人の逢引場所と定着している。約束の時刻より半刻ほど遅く現れた文次郎は、普段と変わらぬ様子であった。噂を恐れて来ないのではという懸念もあったのだが、同級生に追及され潔く課題のためだと認めるくらいである。その心配は杞憂だったらしい。黙って文次郎の表情を凝視していたら、彼は怪訝そうに眉をしかめた。 「なんだよ、遅れたことで怒ってんのか?」 「いや」 うわの空で返事をしつつ、彼の腕を引き寄せる。大人しく近寄ってきた文次郎と間近で視線を絡めれば、後は常の通りだった。 既に存在を主張している彼のものを服の上から握ってやれば、文次郎が弱々しい呻き声をあげる。腰紐を解きながらやわやわと手を動かすと、服の裾をぎゅっと掴まれた。その縋られているような所作に、今夜は胸が締め付けられる。 ひとまず下衣を脱がせると、下半身を触ったままで、朱色に染まる耳にがぶりと噛みついていく。反射的に首を反らせたところで男にしかない喉元の突起をぺろりと舐めれば、手の中のものがぴくりと堅さを増した。 そのまま舌を胸元へと這わせながら、上衣の合わせを押しのけていく。心なしか動作が性急になっていることを、留三郎は自覚していた。それを振り払うかのごとく、考える間もなく既に熟知した相手のツボをまさぐる。 文次郎は未だに初心な態度で、次々と与えられる快楽に身体を善がらせ、甘ったるい吐息を洩らした。 「留三ろ…っ」 余裕がなくなってきた文次郎が、頼りない呂律で自分の名前を呼ぶ。その声色に、つい先ほどまでは特別な響きを感じて幸福を覚えていたのに、今は何故か息苦しさだけが支配する。名前を呼ばれることが、彼からの数少ない愛情表現の1つだと錯覚したことに今更ながらに気付いた。 課題のためだと強引にこの関係を強請ったのが自分であることを忘れていた。距離が近くなったように感じていたのは、こちらの都合のよい自惚れなのだろう。行為の激しさに反して、すっと言葉と自覚が意味を失っていく。 情事を終え、ぐったりと重い身体を互いに整えると、ごろりとその場に横になるのもいつもの流れだった。自分の横で身体を丸め、早々にまどろみ始めた文次郎に、留三郎はふと思いついたように話しかける。 「なぁ、文次郎」 「何だよ」 「…こうやって夜に会っているが、前まで行なっていた鍛錬は大丈夫なのか?」 「あ?」 汗でしっとり濡れる男の髪を梳きながら尋ねれば、文次郎は瞼を閉ざしたまま、あーと間延びした声を出した。 「身体はちゃんと鍛えている。それに、これもある意味では鍛錬みたいなものだろ?」 「……そうか」 留三郎がどんな表情でそう答えたのか、半分夢心地であった文次郎が知る由もなかった。 . 戻る TOP |