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(文次郎視点)





密かに焦がれていた男に、恋慕を打ち明けられて数週間が経った。あの夜以降、俺は留三郎と偶に身体を重ねる間柄となっている。


表面上の関係は全く変わっていない。相手の言動が気に食わなければ、どちらからでも喧嘩を吹っ掛けたし、特段思いやりが増えたりだとか…そんな甘ったるいやりとりは断じてない。ただ視線を合わせるときに、自分たちの距離が単に犬猿の仲に留まらないことを自覚するようになった。

そして睦事の最中でだけ、暫し互いに特別な感情を押しつけ合うように、打って変わって優しく、ひたむきに身体を求めあった。最初の夜を除いて、留三郎が直接的な好意を口にすることはあまりない。けれど何故か毎回、顔を合わせて身体を繋ぐことに拘る男が、自分を欲しているときに魅せる視線は下手な台詞よりも余程信じられる気がした。





「…腰が痛ぇ」

鈍痛を訴える腰を庇って任務をこなせば、当の本人はけろっとした顔で「どうしたんだ?」と尋ねてきやがった。幸いにも学園長のお使いは、城下街まで手紙を届けるといった忍者の仕事というには程遠いものではあった。が、昨夜の不自然な体勢のせいで腰痛に悩まされる身体には、坂道を歩くことほど辛い所業はない。

誰のせいだとは言わず、一言そう事実を説明すれば、留三郎が困ったように頭を掻いて謝った。

「……悪かった」

「謝るな。気持ち悪ぃ」

「あー、文次郎。ちょっとそこの茶屋で雨宿りしていこうぜ」

「…おまえの奢りだろうな?」

「…もちろんだ」

二人が肩を並べて街へ出たことと、しとしとと降り続ける小雨は果たして関連があるのか。1年は組の連中あたりが謎を解明したいと今にでも飛び付いてきそうな話ではあるが、今回の任務もやはりまた雨だった。




留三郎に注文させた団子を遠慮なく次々と平らげる文次郎に対し、茶屋に誘った本人は、目の前でぼんやり頬杖をついてそれを眺めているだけである。不審な目付きで相手を睨むと、きょとんと間抜け面で見返された。

「なんだよ。おまえは食べないのか?」

「俺は甘いもんはそんなに得意じゃねぇんだ」

「は?なら、何で茶屋に入ろうなって言ったんだよ?」

「…まぁ、なんだ。初めておまえと一緒に街に出たんだし、せっかくならゆっくりして行きてぇなと思って」

その発言に、文次郎はぐっと喉に団子を詰まらせかける。留三郎の恐ろしいところは、無自覚でこういった甘ったるい言葉を抜かしてくるところだろう。俺たちは恋仲か!と飛びだしかかった言葉は、飲みこめなかった団子の欠片と共に腹の中に押し込む。



留三郎とだけは、肌を重ねたくないと思っていた。忍びのたまごである自分たちには、想いを告げあう資格など端から持ち合わせていない。それでも一度触れあってしまったら、案の定この温もりを手放せなくなっている。

いくら課題のためだとしても、誰にでも身体を開けるほど割り切れてもいない。けれど留三郎と身体では情を交わしたとはいえ、この関係を決定的な言葉で認めてしまうことは、長年の自分の忍びとしての矜持を否定するに等しい。行き場を失くし焦がれ狂ったこの恋慕は、自分とよく似たこの好敵手なら、例え口約束などなくとも名前を呼ぶだけで読み取ってくれるのではないかと信じていた。


何も言わずに抱かれることが、文次郎の許せる精一杯の彼への愛情表現であったのだ。



「しかし、おまえが珍しく俺を誘うくらいだから、実はすごい任務なのかと構えていたのだが…本当にただのお使いだったな」

「学園長先生と言えど、休日の忍たまに大層な任務は寄越さんだろう」

なら何故こんな簡単な任務にわざわざ自分を誘ったのだと揶揄されるかと思ったが、留三郎はただ「ふーん」と頷いただけだった。

「…ならさ、今夜も空いているか?」

「ぐふっ…」

「おい、大丈夫かよ…」

本格的に喉に団子を詰まらせた文次郎に対し、慣れた様子で留三郎からお茶が差し出されたのは、常日頃伊作がよく食堂でやらかしている行為だったからだろう。涙目になりながらそれを受け取り、ぐいぐい飲みほしてどうにか呼吸を整える。


「…おまえ、こんなところで何を馬鹿なことを」

「別に、今は学園のやつは誰もいないんだからいいだろう?で、返事はどうなんだよ」

「……」

「いや、嫌なら断ってくれれば」

「いつもの時間に、なら」

「……おう」


留三郎と肉体関係にあることは、現在のところ周囲には隠している。上級生ともなれば、人目を忍んで逢引する者たちや色街に出掛けることは黙認されている。が、それはあくまで忍びとしての房術の修行の意を込めてである。勘の鋭い友人らには怪しんでいるものもいるかもしれないが、本来忍びは色を禁じられている事実に変わりはない。

留三郎の誘いは、決して頻繁なわけでも無理強いをされているわけでもない。彼の誘いへの返答などもう解りきっているからこそ、文次郎は誘われる度に毎回忍びとしての後ろめたさに苛まれた。






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