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(文次郎視点)



先刻は留三郎から恋情を仄めかす台詞を聞き、情けないことに固まってしまった。あの後ひとりになり、落ち着いたところで、文次郎は改めて留三郎の申し出を断ろうと考えていた。

留三郎に対して、嫌悪を抱いているわけではない。だが一方で、相手に甘ったるい言葉を囁かれたからといって容易に受け入れられるほど、簡単な感情も持ち合わせていなかった。その上、自分たちは忍びのたまごであり、色恋沙汰は厳禁である。この思慕が生半可な気持ちではないからこそ、自分は彼を受け入れるわけにはいかない。




けれど、その決意はあっさりと無駄になった。


「留三郎。俺はやはり――」

おまえとだけは、肌を重ねたくないんだ。


だがその言葉は、乱暴ともいえる所作で唇を重ねられたため、喉の奥に押し込められた。昼間の戸惑うような告白が嘘のようである。彼も言うとおり房事全般に疎い文次郎は、そのやけに手慣れた留三郎の動きに翻弄される他なかった。



気付けば上衣は肌蹴、彼に組み敷かれていた。両腕を床に押さえつけられてはいるが、剥がそうとすることは可能である。留三郎の触れ方は、喧嘩のときのそれと異なり寒気がするほど優しい手つきであった。けれどその力の籠っていない拘束を、逆に文次郎は払いのけることができない。

待てと躊躇いの声をあげようとすると、その隙に再び口を塞がれた。


「文次郎…好いている」

長くしつこい口付けから漸く解放されたと思えば、熱っぽい視線で留三郎が見下ろしていた。その欲を宿した瞳に、ぞくりと背筋が震える。文次郎が何も言えず視線を避けると、男は意地の悪い笑みで微笑んだ。

「何だよ、そんなによかったのか?」

知らずに零れていた生理的な涙を掬うように拭われただけで、情けない声をあげそうになり、慌てて唇を噛んで堪える。

「…灯りを、消せ」

少しでも普段の自分を取り戻したく、出来る限り気丈な声で訴える。留三郎はそれには黙したまま横へと手を伸ばすと、ふっと灯りを吹き消した。

「これでいいか?」

途端目の前の精悍な男の顔が、すうと闇に紛れる。もちろん、闇に慣れた自分の目は相手の姿を見えなくさせるまでには至らなかったが、己と異なり冷静に映る留三郎の影が遠のいて僅かに気が楽になった。


どうやらこの男から逃れる術はないらしい。どのような意図で自分を相手に選んだのか、留三郎の告白を完全に信じ切れたわけではないが、初めてみる面持ちでこちらを睨む男を退ける方法など思いつくはずもなかった。




灯りを消すと同時に、互いに何かが吹っ切れた気になった。最初から抵抗など何一つ出来ていないが、文次郎はその雰囲気に抗うことをやめ、自ら留三郎に手を伸ばす。彼の厭に慣れた手つきが気に食わなくもあったが、いちいちこちらの反応を窺ってくる限り、経験が豊富とも違うらしい。

他人に触られている奇妙な感覚もあって、彼の手によって情けないほど早く自分だけ射精させられる。留三郎はべたりと手についた粘液をまじまじと見つめ、おもむろに後方に手を伸ばしてきた。ぬるりとした気色悪い感触に大げさに身体を跳ねらせると、留三郎が戸惑った風に眉を寄せる。睦言ならまだしも労るような扱いをされることは耐えられない。責めるようにきつく睨み上げれば、彼は満足そうに口角をあげた。



どのくらいたったのだろうか。初めて体験する感覚に、文次郎は早くも理性を手放しかけていた。しつこく尻を弄られ、彼の指の動きを追えないくらいに思考回路が蕩けきっている。ときどき尻に垂れるひやりとした液体が、また下半身に熱を集める。既に一度欲を吐きだした自身は、また痛いくらいにぱんぱんに張りつめていた。


「…とめ…留三郎っ…」

喉の奥から絞り出すように名前を呼ぶと、留三郎は驚いた様子で動きを止めた。後孔から、ぬるりと指が取り除かれる。圧迫感から解放され安心するところかと思えば、下腹部は無意識にきゅうと収縮し物足りないと疼いている。

我が身に起きている現象に、文次郎は突如底知れぬ怖さを覚えた。だが脚を抱え込んでいた腕が離され、留三郎に優しく髪を撫でられると、ふっとその恐怖も意識から遠のいてしまう。

「どうした…?」

「…っ」

続きの言葉を紡ぐだけの気力がない。重たい腕を持ち上げ、彼の頭を抱え寄せると、相手は目を見開いて固まっていた。


「俺もおまえのことを――……」

どうにか耳元で囁くと、留三郎は即座に行動に移した。手首を引っ張られ、うつ伏せにさせられる。腰だけ持ち上げられたかと思えば、質量をもった留三郎自身が熱を燻らせる後孔に当たっているのがわかる。何とも屈辱的な体勢に思えて、一瞬悔しさが込み上げたが、次に襲った想像を絶する痛みにその考えはどこかへ掻き消えた。

酸素を求めて、呼吸をすることに集中する。漸く落ち着いたところで、腰ががくんと揺れた。初めは痛みしか感じなかったそこが、次第に鈍痛のような快楽をもたらす。体勢が安定すると、片手で腰を支えられ、空いている手では胸板や首筋を撫でまわされた。腕を掴まれ、背を反らされた瞬間、電撃が走るような強烈な恍惚が全身を支配する。



はっと我に返れば、上半身を弄る手は気付けば顎のあたりにまであがってきていた。腕を辿るように首を捻れば、苦しげに眉を顰める留三郎と目が合う。薄く開いた形のよい唇に、文次郎は自ら自分の唇を近づけた。



唾液が絡まり縺れる舌で、何度も名前を呼んでいたのだけは覚えている。

色情めいたその声は、留三郎に対する特別な感情を認めるざるを得ない切ない響きを秘めていた。







***






障子から差し込む微かな光で、文次郎は深い眠りから目覚めた。こんなにぐっすりと眠ったのは、何時以来であろうか。ゆっくりと瞼を持ち上げれば、初めに視覚が捉えたのは、意識を失う直前まで身体を交わらせていた見慣れた同級生の姿であった。留三郎は文次郎の肩に腕を回し、間抜け面を隠しもせず、すやすやと寝息を立てている。

こんなはずではなかったと一抹の後悔を覚える一方で、身体はこの場所から逃げ出そうという意思を持たない。



これが最初で最後の夢ならば、と文次郎は再び瞳を閉じた。








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