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(留三郎視点)



文次郎とは喧嘩ばかりするが、それは嫌悪がもたらす産物ではないという確信はあった。それでも留三郎は、当初自らの恋情を本人に告げる気などさらさらなかった。

喧嘩の際、彼の肌に触れる度に自分は邪な想いに戸惑っているというのに、相手にはもちろんそんな素振りはない。単に嫌いだから喧嘩をするわけではないとしても、文次郎にとって自分は犬猿の仲以上の存在になり得ることはないだろう。ましてや忍びのたまごである身分上、色恋沙汰はそもそもご法度である。三禁を常に掲げる文次郎からすれば、この恋情は迷惑以外の何ものでもない。

故にこの特別な感情は墓まで秘めておくつもりだった。…忍びがまともな墓に入れるなどとも思ってはいないが。しかし例の課題を出されたとき、文次郎が課題遂行のために他の誰かと情を交わすと考えたら、どうにも我慢が利かなくなったのだ。


文次郎にとっては交わいの練習相手でも構わない。喧嘩の勢いで想いを告げたのが、本日の午後。半ば強引であったことは自覚していたが、とりあえず彼からの了承を得られたことを受け、こうなったらさっさと手を出してしまえと腹をくくった。






「今夜、仙蔵は任務で留守だよな?」

その言葉通りに、留三郎は夜が更けると湯浴びを終えた姿でい組の私室を訪ねていた。


がらりと部屋の戸を引けば、寝間着姿で姿勢を正し書物を読んでいた文次郎が振り返った。事前に宣言していたとはいえ、自分の姿を確認するとわかりやすいほど困惑した表情をこちらに向ける。


「留三郎。俺はやはり――」

何かを言いかけた文次郎に、留三郎は大きく脚を踏み込み部屋に押し入ると、乱暴ともいえる所作で唇を重ね合わせる。時間を置いて冷静になった文次郎が、断ってくる可能性は大いにあり得た。先程も思ったが、この男はやはりこの手の色事に滅法不慣れなようである。ならば先手を打って、既成事実をつくる他ないと考えたのだ。


舌を絡ませたまま、喧嘩をするときと変わらぬ荒々しさで相手の前合わせを掴む。防衛本能で文次郎は肩を強張らせるも、口吸いに余程動揺しているのかされるままになっていた。昼間の手口と同様に、掴んだ衣服を少しの力を込めて手前に引いた後、ぱっと手を離す。それだけの動作で身体の重心を失った文次郎は、いとも簡単にぐらりと後ろへと倒れた。

追いかけるように自分も身体を沈め、彼の上に覆いかぶさる。受け身を取る余裕もなかったようで、組み敷かれた男は目尻に薄らと涙を浮かべていた。


留三郎は表情ひとつ変えずに、舐めるような目つきで眼下の男を見下ろす。これまでのやりとりで彼の上衣は既に肌蹴、寝間着の間から逞しい胸板が覗いていた。拒絶されることを考慮し、逃げられないようにずっと腕を拘束していたが、力を込めているわけではない。暴れる気配も抵抗もみられないので逃げる意思はないと判断し、文次郎の左腕だけ解放して、代わりに自由になった自分の手を彼の胸元に指し入れる。



「…っ!」

するりと手のひらを横へ滑らせ、服を肩から外す。動かした際に指先が胸の突起を掠めると、文次郎が大きく目を見開いた。何か言いたげに口が開かれた隙を狙って、再び唇を塞ぐ。逃げる舌をしつこく追い回せば、諦めがついたのか相手も次第におずおずと舌を差し出してきた。

文次郎が応じてくれたことが嬉しくて、執拗に口内を舐めまわす。呼吸の仕方に慣れない文次郎が息苦しさから腕を握りしめてきたのを受け、不服ながら顔を離せば、彼の頬は薄暗い室内の中でもはっきりとわかる程赤く染まっていた。


「文次郎……好いている」


色の鍛錬につきあっているのだけと割り切るのであれば、二度と言うこともないと思っていた台詞が、つい零れる。女に抱く愛らしさとは別種の、恐らくこの男だからこそ感じる色香にぞくりと腰が疼いた。

じっと赤面した顔を睨めば、文次郎は無言のまま視線を逸らした。その初々しい反応に、留三郎は意地悪く微笑む。舌舐めずりしたくなる衝動とは反対に、自分の口から発せられる声は鳥肌が立つほど甘い。


「何だよ、そんなによかったのか?」

相変わらず隈の酷い眼もとをそっと撫でると、文次郎は血が出るのではないかと思うほど強くきゅっと唇を噛み、何かに堪えていた。

「…灯りを、消せ」

あくまで普段と変わらぬ低い声色で、そう訴えられる。留三郎は答えず、ただ極力文次郎から離れないように腕を伸ばし、僅かな灯りを吹き消した。

「これでいいか?」

これで室内に人工的な灯りはなくなったが、月灯りだけで周囲を充分に確認できた。普段、鍛錬だと夜間に走り回っている彼は一層夜目が利くだろうから、灯りを消したところでたいした意味はない。それでもこれで煽情的に歪んだ表情を隠せた気にでもなったのか、文次郎の緊張した気配が少し緩むのがわかった。






灯りを消すと同時に、互いに何かが吹っ切れた。留三郎も性交は初めてであったが、書物で得た知識や同室相手が頼んでもいないのに教えてくる手段を思い出しながら、ひとつひとつ目の前の男で試していく。

どちらが上になるかは、議論するまでもなかった。知識の有無はともかく、経験が乏しいことを認めているらしい文次郎は、ただ留三郎の動きに応えるので精一杯なようである。


一物を少し扱いてやれば、文次郎は呆気なく欲を吐きだした。その粘着質な液体を絡ませた指で後孔を撫でると、眼下の身体がびくりと反応を示す。恐る恐る顔色を窺えば、しかし、その両目は殺気立っているともいえるほどに鋭くこちらを威嚇しているのだから堪らない。

視線を交錯させた後、きつく閉ざされたそこに指を捩じりこませる。苦しげに漏れる呻き声にすら欲情しながら、ゆっくりと中をかき回せば、次第に彼の口から洩れる呼吸は熱を含んだものへと変わっていった。初めてで最後までいくことは難しいと聞いていたので、伊作から頂戴した薬をときどき垂らし、丁寧に後ろを解してやる。冷たい薬の感触に気付いていると思うが、文次郎は何も言わなかった。



「とめ…留三郎…っ!」

感じるところを探りながら夢中で手を動かしていたら、擦れた声で名前を呼ばれ、慌てて動きを止める。指を引き抜くと、彼の後孔はそれを拒むようにきゅうと収縮し、その卑猥さにごくりと生唾を飲み込んだ。

「どうした…?」

空いた手で髪を梳きながら尋ねれば、文次郎が首に巻き付くようにおもむろに腕を伸ばしてくる。ぎょっとして硬直したのもつかの間、どうやら小声で話しかけようとしただけだと気付く。

「俺もおまえのことを――……」」

その言葉とふっと耳にかかる生温かさに、とっくにはち切れんばかりに昂っていた自身がどくりと脈打った。


返事の代わりに文次郎の手首を引っ張り、うつ伏せに寝かせる。腰を持ち上げて濡れた孔に自身を擦りつけるように這わせた後、すっかり熟れたそこへ沈めていく。浅い呼吸を繰り返す文次郎に、留三郎は辛抱強く動きを止めて待つ。どうにか酸素を取り込めているのを確かめると、もう相手を配慮する余裕はなかった。

引き締まった腰を抱え、奥へと自身を刻みつける。空いている手で上半身のあちこちをなぞれば、文次郎はびくびくと背中を引き攣らせた。腕を掴み、うつ伏せに横たわっていた彼をぐいっと手前へ起し、自分の胸と彼の背中を合わせる。彼の身体を自分の膝の上に座らせるように体勢を起し、目の前の耳たぶに齧りつく。片手で顎を擦ってやれば、意図を理解したのか文次郎が首を捻った。


振り向いた文次郎の唇を貪りながら、その後はただ無我夢中だった。唾液が絡まり縺れる舌で、文次郎が何度も自分の名前を呼んでいたのだけは覚えている。



欲を孕んだその声は、男も自分を好いていると錯覚させるような甘い響きを感じさせた。








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