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(文次郎視点)





「文次郎。おまえ、あの課題はどうするんだ?」

さっきまで真剣に…というのも変な話だが、俺たちはいつものごとく喧嘩をし、互いを殴り合っていた。今だって自分は相手の腕を血の気が引くほど程強く握りしめているし、彼はこちらの胸倉を掴んでいる。突然留三郎が動きを止め、天気でも尋ねるような調子で言葉を発したのはそんなときだった。


鋭い三白眼に至近距離で見つめられ、つい顔を背ける。喧嘩でなくなった途端、目すら合わせていられなくなるのは何とも情けないと自己嫌悪に陥るが、こうする以外にこの感情を自制する手立てはない。けれど表情にはおくびにも出さず、文次郎は何の話だ?と問い返した。既に喧嘩の続きはお預けとなっていたが、相手が手を放してくる気配がないのでこちらも腕の力を緩めるわけにはいかない。

「先日発表された色の課題の話だ」

「…ああ。あれか」

その言葉ひとつで、文次郎は留三郎のいう話を理解した。




上級生ともなると、忍びとして実践的な授業が増えてくる。必然的に、忍び特有の暗い部分や残酷な仕事内容についても教わることになり、その1つに色事に関するものがあった。忍びには三禁も大事とされるが、一方で謀事や拷問に対しての耐性という意味で房中術は最低限学んでおく必要があるとされている。

教師はあからさまこそ言わないが、ある程度の学年に達すると、強制はしないがせめて情事くらいは経験しておけと指導を行なう。文次郎らも1週間ほど前に、とうとうその教示を受けたばかりであった。


「あの課題がどうしたんだよ?」

まさか彼の口からその話題が出るとは、と文次郎は意外に思った。上級生ともなれば仲間内で密かに春画なども出回っているが、組が異なることもあって留三郎とその手の話をする機会はこれまでない。もともと自ら三禁を厳しく律する文次郎が、他人より色事に疎いという理由もあるが。

「俺と組まないか?」

「…はぁ?」

「俺と組まないかと言っている」

「な…何の話だよ…?」

「おまえ、経験まだなんだろ?なら、俺にしとけと言っているんだ」

遠まわしな表現ではあったが、3回目の言葉によって流石に文次郎も留三郎の言わんとすることを察する。


冗談だろ?とか、からかってんのかよ?だとか、言うべき台詞は他にもあったのに関わらず、彼があまりに真面目な顔をして提案するものだから、そのとき文次郎の口から出たのは何故自分を選んだのかという疑問だった。


「なんで、俺なんだ?」

その言葉に、提案してきた留三郎はただきょとんとこちらを見つめ返す。

「だっておまえ…三禁だなんだと言っているくらいだから、あれの経験はまだなんだろう?」

「…っ!だとしても、だ!留三郎には関係ないだろう!」

「…教師から言われた以上、忍者を目指すおまえはこの課題を避けるわけにもいかず、情交の相手を探さざるを得ない。違うか?なら、俺にしないかと言っている」

「だからっ!何でおまえが、俺のところにくるんだよ。…経験がないことでもからかってんのか?」

「冗談でこんなこと言う訳がないだろう。おまえ、別に俺のこと嫌いなわけじゃないよな?いや…例え嫌いだとしても、俺と組むことに問題はないだろう?」

喧嘩の途中で固まったままの体勢で、留三郎に瞳を覗きこまれる。思わず身体を引こうとするも、胸倉を掴まれたままなので叶わない。


嫌いじゃないどころか、彼の存在はいろいろな意味で特別であるが故に文次郎は混乱していた。

「…なんで、俺なんだよ…?」

動揺を隠せず、文次郎は僅かに震える声で答える。留三郎の経験の有無など知る由もなかったが、彼も自分と同じく課題を達成しうるために相手を探しているのだろう。けれど文次郎にとっては、課題のために利用されるというのは相手がこの男だからこそ堪ったものではない。


すると留三郎は困ったように眉間にしわを寄せ、胸倉を掴んでいる腕を手前へと引き寄せた。反動で文次郎の身体がぐらりと傾き、彼の肩口に寄りかかる。彼は前合わせを掴む手を放し、代わりに背中の衣服をぎゅっと握りしめてきた。文次郎はいよいよ頭の中が真っ白になり、抱きつかれたまま立ちつくすことしかできない。

すっかり固まってしまった文次郎に、留三郎は耳元に口を近づけ懇願するようなか細い声で、囁いた。


「…俺はおまえがいい」

「だから何故…」

「言わなきゃわかんねぇのかよ」

「留三ろ…」

「文次郎…好いている」

その言葉に、相手に抱き締められているにも関わらず身体が大げさに跳ねた。


「なぁ、嫌か?おまえだって、経験しないまま忍びになろうなんて思ってないだろう?なら、俺にしろよ」

こちらの話も聞かず言いたてる留三郎に対し、最終的に文次郎は、彼の腕の中で小さく頷き、受け入れる意思を見せざる他なかった。









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