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(文次郎視点)



留三郎に任務の誘いを断られて、更に数週間。気付けばあっという間に、二人の間柄は元の犬猿の仲に戻っていた。

唐突にあの特殊な関係がなくなったことについて、留三郎から何の弁解も言及もない。そして、文次郎はそれを追求することもできずにいる。ここまできて尚、全ては色の課題のためで、あの甘言も全て自分を釣り上げるための餌だったと認めさせられるのが恐ろしい。初めから近づいてなどいなかったのだと、自分の愚かさを苛むことすら息苦しかった。




「文次郎、どうしたんだ?」

その言葉にはっと我に返る。鼻の先には、月明かりで反射し怪しく光るクナイが突き付けられていた。文次郎が反応したことに気付き、小平太が豪快に笑いながら得物を下げる。

「鍛錬中とはいえ、ぼうっとしていたら死ぬぞ?」

「…ッ!悪い」

「体調が優れないなら…無理はするな」

「大丈夫だ」

闇の中からぬっと姿を見せた背の高い男にも、ぼそりと忠告される。


留三郎との関係が崩れてからは、前のようにろ組の連中と鍛錬に繰り出すようになっていた。後から現れた長次は何やら文次郎の返答に納得がいかないようで、じっとこちらを凝視してくる。

「そうは見えない…小平太、今日は終わりにしよう」

「そうだな!ここ最近は毎日鍛錬に出ているし!文次郎は明日は任務だろう?」

「な、俺はまだ大丈夫だって…!」

気を遣われたことが情けなく、文次郎は声を張り上げる。けれど長次の突き刺さるような視線に一瞥され、思わずたじろいだ。

「文次郎…最近は余計に寝ていないだろう?」

「隈がいつもに増して酷いし、集中力に欠けているな!今、文次郎に必要な鍛錬は寝ることじゃないのか?」

小平太にまで理屈を諭され、ぐうの音も出ない。舌打ちをするように顔を伏せると、切り替えの早い二人はあっという間に散っていった。






彼らに指摘されたことは、文次郎自身とて自覚していないわけではない。ただ、ぽっかりと空いた夜の他愛のない時間が、どうにも居心地が悪くて落ち着かなくさせるのだ。暗闇にひとり残された文次郎は、おもむろに空を仰ぎ見る。欠けて細くなった月が、美しい星空の中で煌々と光を放っていた。


そうは言われてもこのまま部屋に戻る気にもなれない。とはいえ、この集中力ではひとりで鍛錬することも難しい。

そのとき、ふと逢引に使用していたあの小屋の存在を思い出した。最後に彼と一夜を過ごしてから、一度も近寄っていない。女々しい感情と不安を抱きつつ、この蟠りと決別するきっかけになるかもしれないとふらふらと裏山の奥へと脚を進める。



当たり前ではあるが、変わらずその小屋は裏山の奥深くにひっそりと建っていた。留三郎の話であれば、この小屋の存在を知っているものはどうやら自分たちだけらしい。伊作が真夜中に自室で薬の調合をやり始めたときに、よくここに逃げ込んでいるのだと彼は話していた。

扉を開けるぎりぎりまでは馬鹿な期待をしていたくせに、開けて誰もいないことを確かめ、そっと胸を撫で下ろす。何か変化はないものかと灯りを探すも、特別変わった様子はみられなかった。仮眠用に用意された寝具もそのままに放置されている。けれど埃を被っていることもないので、どうやら留三郎はまだこの小屋を利用しているのかもしれなかった。

特に考えがあったわけではなかった。黙々と布団を広げ、ごろりと身体を横たえる。あれほど眠れなかったというのに、そこで四肢を投げ出せば、疲労と睡魔がどっと襲ってきた。鍛錬後に汗も拭かずにいた身体は冷え切っていたが、仄かに香る懐かしい匂いに文次郎はゆっくりと瞼を閉じる。





意識が遠のいてきた頃、がらりと扉の開く音がした。誰かが小屋の入口で立ち尽くしている。目を開くまでもなく、その息使いや身に纏う空気で相手が何者なのか理解することができた。

文次郎は即座に寝たふりを決め込んだ。何故ここで自分が寝ているのか、鍛錬の途中で疲れたのだとか仙蔵に追い出されたのだとか、後で誤魔化しはいくらでも利くはずである。それよりも今の状態の自分が、留三郎と向き合うことを選ぶ方がぞっとしたのだ。


留三郎は無言のまま室内に入ると、横向きに眠る自分の背後に腰を降ろした。背中に彼の脚が少しだけ当たっている。そこから熱が伝わってくるかのように、冷えた身体が男の気配でほんのり温まる。

「…寝てんのか?」

頭上から降ってきた声は、どこか頼りない弱々しさを含んでいた。文次郎からの応答がないことを確かめる間があった後、耳元にくすぐったさを覚える。

「文次郎…俺は、」

続けられた言葉は、最初に好意を告げられたときに似て切羽詰まった響きを伴っていた。






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