3日目
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(文次郎視点)




留三郎の下に匿われることが決まった翌日。彼は学園で顔を合わせていたときのような面倒見の良さで、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた。何気ないその親しさは、同じ屋根の下で過ごしていたあの頃に突然戻ったような自然な感触があった。



狭い家なので二人で枕を突き合わせて横になり、怪我で動けない自分に気を遣って、昼間からだらだらと他愛もない会話を交わす。それは、学園を卒業してから文次郎が忘れていた時間に違いなかった。

自分と異なり学園の旧友らと頻繁に交際しているらしい留三郎は、その手紙の数々を取り出し、彼らの近状を差し当たりない程度に説明する。忘れようのない各々の癖のある文字を眺めていれば、自然と昔話に花が咲いた。


「小平太は東北の国の城で、近隣国の忍びから恐れられているほどその名を轟かせているようだ。一時期不安定になったこともあるようだが、委員会の後輩の滝夜叉丸が同じ城にスカウトされてからは少し気性も落ち着いたらしい」

「あいつは…すぐに周りが見えなくなるからな。長次は小平太と同じ城に就職したのではなかったのか?」

「ああ。だが、穴丑として他へ飛ばされてしまったらしい。結局今は貧しい子供に教師の真似事をしながら、忍びとしての生臭い生活からは離れつつあるらしいが」

「…長次らしいな」

「仙蔵は俺と同じくフリー忍者として各地を飛び回っている。利吉さんのように有名になりつつあるから、おまえも風の噂くらい知っているだろ?」

「いや…俺は忍術学園の奴らのその後は誰に関しても全く知らないんだ」

「そう…か」


各々の現状の動向は淡々と説明するくせに、学園時代の思い出話になると留三郎は途端言葉を濁した。らしくもない不自然な苦笑に、文次郎は何故か気を遣われている苛立ちより、底知れぬ不安を覚える。

「何だよ…何か悪い話でもあるのか?」

「そういうわけじゃねぇ。が…」


躊躇う留三郎を問い質すと、彼は散々迷った挙句、やっと正直な気持ちを吐露した。



「おまえは一流の忍者としてやっていくために、卒業時に全てを捨てていったじゃねぇか」

「……俺は情けないことに、忍びとして情を割り切ることが不得手だと自覚していたからな。半端な繋がりを残すことは命取りになりかねんと判断したんだ」

「別に情けなくはねぇだろ。お前には…それが忍びとして生き残るために必要だったということだろう?」

「…ああ」

「それは解っているんだ。だから…なのに今、それを掘り返していいのか…?」

そう言って己の瞳を覗きこむ留三郎は、離れていた時間を忘れるほどに潮江文次郎がどういう男なのかを変わらず理解していた。彼が言いにくそうに視線を彷徨わせていた理由は全てここに在ったのだと、文次郎は静かに悟った。


卒業時にその懐かしい関わりをきっぱりと断った文次郎である。その日々を彷彿させる話を持ち出すことは、捨てたはずのあの頃の感情を取り戻す作業に他ならない。


「そうだな。おまえの言うとおりだ」

「…勝手なことを言ってすまない」

「いや…」

そう呟き、端正な顔を歪ませ俯く留三郎を見ていたら、唐突に過去の記憶が蘇ってきた。



口上を前に誓い合ったことこそないが、むしろ言葉にしなくとも、この男になら伝わるのではないかという確信が常にあった。互いの間に飛び交う言葉は、最低限のものでもいい。拳をぶつけ合えば、相手が何を考えているかなど言わずともわかる気がした。留三郎と自分はよく似ていて、それ故お互いの違いもまた明確に解っていた。

彼は少なくとも、自分よりも強かな心の持ち主であった。踏まれて手折た花を慈しみ、死にかけた子猫を前に必死に看病する。そういった人間味を捨てずに、人を殺すときに無駄はない。それを柔軟性と評するのであれば、思慮に欠けるがは組にはあって、優秀だが不思議と不器用なものが集まりやすいい組には持ち得ないものかもしれない。


基本は短絡的なくせに、妙なところでは考えすぎる留三郎は、文次郎をどう扱うべきか考えあぐねているのだろう。気を遣っておいて頼りなく眉を顰める額に、文次郎はゴツンと形だけの拳骨を落とす。


「痛っ!いきなり何すんだよ」

「バカタレ。自分のことは、自分でどうにかする。おまえが妙な気まわしをすることはない」

「ああ……そうだよな、悪い」

「いや、謝ることはないんだ。それより…おまえは今、どうしてるんだ?」

「は?」

「俺は、おまえの話をまだ聞いていない」

フリーの忍者であれば、仕事がない期間があってもおかしくはない。けれどそれだけではないことを、文次郎は敏感に察していた。


留三郎は真っ直ぐな視線を受けとめながら、言葉を選びゆっくり答える。

「それは…この生活が終わるときに教える」

「…わかった」


そう言うと、留三郎は悲しげに目を細めて微笑んだ。








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