2日目
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(留三郎視点)





状況を把握し、落ち着いたのだろう。文次郎は再び寝入ったようだ。

伊作から直に目覚めるとは聞いていたものの、滅多に寝ている姿を他人に見せない彼が、すやすやと眠っている様はどこか恐ろしかった。ずっと隣に控えていたが、会話を交わしこちらとしても安心でき、漸く重たい腰をあげる。今度起きた時には、何か食べ物を与えなくてはいけない。丸2日は意識がなかったのだから、大層腹を空かせているに違いない。相変わらず気丈そうに振舞っていたが、その怪我はかなり酷いのだ。





文次郎に2つ嘘をついた。


始めに、文次郎には瀕死の状態で倒れていたところを偶然通りかかったと説明したが、それには語弊がある。留三郎があの街を訪れたのは、彼の仕える城が落ちたと知ってのことである。

卒業後はフリー忍者として行動していた留三郎は、文次郎とは逆にしょっちゅう他の旧友と便りを交わし合っていた。敵対関係に陥らない限り、情報源は多いにこしたことはない。というのは半分建前で、卒業までに犬猿の仲であった男に本意を告げることのできなかった留三郎は、そのことでずっと苛まれていた。その中で旧友に会い懐かしい話をすることは、せめてもの慰めになっていたのだ。

風の噂程度の情報であったが、彼の動向は常に把握していた。そしてその勤め先が窮地に陥っていると聞き、居てもたってもいられず、かの町へ立ち寄ってみたのだ。勿論、そこで息も絶え絶えの文次郎を発見できたことは巡り合わせとしか言いようがない。すぐさま音通のある伊作を頼り、治療を任せて今に至る。


2つ目の嘘は、もしかしたら文次郎に勘付かれているかもしれない。「俺は治るのか?」と聞かれたとき、留三郎はあえて沈黙を選んだ。治るのであれば治ると勇気づけただろうし、治らないのであればきっぱり断言するのがこれまでの自分たちの友情である。そのどちらも選ばなかったのは、邪な考えを断ち切ることができなかったからだろう。事実を伝えれば、迷わず文次郎はあの血生臭い生活に直ぐにでも戻ろうとするに違いない。



伊作から分けてもらった怪しげな薬草を煎じながら、そっと背後を振り返る。僅かに開いた扉の奥で、変わらず文次郎が寝ているのを確かめた。薬草は強烈な匂いを放ち始めたが、本当に大丈夫なのだろうか。あの友人は未だにどこか抜けているから油断ならない。

それでも指示通りに薬を完成させると、次は雑炊作りに取りかかった。もともと器用であった留三郎は、調理も手際よくこなす。経済的に余裕があるわけではないが、食材はそれなりに手に入る立場にあった。近状から推測するに、恐らく文次郎はまともに飯も食べていないだろう。ひとまず彼をくつろがせてやりたかった。


ちょうど雑炊が煮えた頃、タイミング良く文次郎が目を覚ました。起きあがろうとする彼を、慌てて近寄って牽制する。

「まだ寝てろって。とりあえずそこから動くな」

「しかし…」

「飯は食えるか?」

落ち着いたら、次第に遠慮がちになり始めた文次郎を強引に寝かしつける。彼は困惑した様子でおろおろしているので、無理矢理雑炊を押しつけた。

「とにかく食え」

「いいのか…?」


日常的に緊張を強いられるところにいた彼は、どうも無償に世話を受けるこの待遇に慣れないらしい。情けなく戸惑う姿の可愛らしさとは反対に、その生活背景を思うと同じ忍びとはいえ留三郎は胸が締め付けられる思いだった。

「自分で食わねぇなら、食わせてやってもいいが?」

「…バカタレ」

そう言うと、彼は茶碗を受け取り、膝の上に乗せた。中身はできたてだが、器を別の物に移し替えているのでさほど熱くはないはずだ。

「うまいか?」

「…うまい」

黙々と蓮華を口に運ぶ文次郎を隣に座ってにこにこ眺めていたら、気まずそうに顔をしかめられた。話していないと間が持たないのか、彼はどこか不安そうにこちらの様子を窺ってくる。他人の善意を受けること自体が久しぶりなのかもしれなかった。

「…何から何まで世話になって悪い」

「俺、ちょうど暇にしているんだ。好きでやってるんだし、気にするな」

「…明日にでもすぐ出て行くから」

「それなんだけどよ」

忍びとして、ひとりで生きることに親しんだ彼がそういうことは始めから想像できた。留三郎は、嘘をついたときから考えていた意思を伝える。


「もう少しここにいろよ」

その提案は予想外だったようで、文次郎は驚いたように目をしばたかせた。否定の言葉を紡がれる前に、留三郎は話を続ける。

「さっきも言った通り、暫く暇にしているんだ。おまえ、今は行く当てもないんだろう…?なら、せめて怪我が落ち着いて動けるようになるまではここにいればいい」

「…しかし、そこまで世話になるわけには」

「何度も言うが、俺が好きでやりたいだけだ。それにだからといって、代わりにおまえに何か要求したいわけじゃねぇ」


何で好きで世話を焼いているのか、それを尋ねるほどこいつも野暮ではないだろう。二人で睨みあうように視線を交錯させた後、文次郎は小さく首を縦に振った。







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