26日目
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(留三郎視点)




文次郎と再会して1月が経過していた。

二人の間には共に暮らす上で連携のような関係が築かれ、家事などを暗黙のうちに当番制で行なうまでに、彼はこの環境になじんでいる。


怪我は治った。文次郎が自分の世話を必要としなくなっているのは一目僚然である。つまり、そろそろこの時間に見切りをつける頃合いであることに違いない。そして、何より留三郎の方も期限が迫っていた。

嘘から始まったこの生活は、偶然が生み出した白昼夢であるかのように、平和で心地よいものであった。



「文次郎、髪を切ってやるからこい」

「は?」

「一応最初のときに落としたが…おまえ、長い時間血を被ったまま放置しただろ?髪がパサパサで見苦しい」

「…それは今更言うことなのか」

「さっぱりさせてやるっつてんだから文句ないだろ。ほら、ここに座れよ」

「おまえが切るのか?」

「俺の手先の器用さは知っているだろう?」

促されるままに文次郎が用意された御座の上に座ると、留三郎は意気揚々と鋏を構え、彼の背後に回り込んだ。膝立ちとなり、文次郎の頭を見下ろしながら、そっと痛んだ黒髪を掬い取る。

「うげっ、改めて見ると酷いな」

「…別に髪なんてどうだっていいだろ。邪魔なくらいだ」

「だが、切る暇もなかったのだろう…?前は俺と同じくらいだったのに、こんなに伸びてんのな」


あの頃くらい短くしても大丈夫かと問えば、文次郎は小さく頷いた。流石に髪結い師には敵わないが、留三郎は細かい作業には自信がある。ひとたび髪を切り始めたら、真剣そのもので手入れに没頭し、次第に口数が少なくなった。




鋏の重なる金属が擦れる音とパサリと髪が床に落ちる音だけが、二人だけの空間に響く。膝下にまた一つ髪の束がはらりと落ちた。

あまりに静かなので文次郎はうたた寝でもしているのではないかと疑い始めた頃、急に柔らかい声色で話しかけられた。

「…そう言えば、おまえ古今和歌集なんて読むんだな。大量の書物の中にいろいろあって驚いたぞ」

「ん、ああ。そんなのも読んだかな」

「座学はからきしで図書室にも滅多に近寄らなかったおまえが、どういう心境の変化だよ」

「うるせぇ。俺だって、本が読みたくなるときくらいあるんだよ」

「別に悪いなんて言ってねぇだろ。だが、驚いたけどな」

文次郎が笑ったようで、肩が揺れて少し手元が狂った。慌てて「動くなよ」と牽制すれば、全く反省した様子のない笑いの混じる謝罪が返ってくる。


「……1ついい歌があったな」

「そうか」

文次郎のその言葉を聞いたとき、次に出てくる言葉をもう察していたように思う。頼むからおまえがそれを言わないでくれと、留三郎は一瞬の隙に祈った。


「在る時は在りの遊びに語らはで 恋しきものと別れてぞ知る」


二人の狭間で、鋏がジャキンと大きな音を鳴らした。







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