19日目
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(留三郎視点)




春も近付き雪を見ることが少なくなってきたとはいえ、まだ霜の降りる朝だというのに、目覚めても布団の中で寒さを感じない。ぼんやりと重たい瞼を開けば、あどけない顔で眠る文次郎が真っ先に視界に入る。暖を求めて無意識にこちらへと絡まってくる脚先が、こそばゆい。

小窓から差し込む白い光が、朝を告げる。文次郎と暮らし始めて半月以上が経過していた。



温かい布団の中でまどろみながら、文次郎が初めてこの家で目を覚ましたときは、こんな気分だったのではないかと勝手に推測する。何故、ここにこいつがいるのか理解できない。でも、隣にいる存在を自然と受け入れてしまう不思議な安心感。どこまで気持ちを共有できているのかなど証明できる術がないが、それを疑う気もしない。

閉鎖的な空間であればあるほど、絶対的永遠のような錯覚を引き起こすのだと、とある職人から聞いたことがある。この時間は、疲れた二人がこれまで諦めてきた数々の感情に一時だけ夢みているのだと思えば、些か気持ちが軽くなる気がした。


ぼさぼさに乱れた髪に、そっと手を伸ばす。耳元の髪を悪戯に摘んで引っ張れば、男の顔が不満げに歪んだ。それでも、眠っている文次郎に覚醒する気配はない。忍びにはあるまじき状態だが、最早彼を “こちら側” へ引き込んだことを後悔してやるには遅すぎた。





相手の鎖骨に額を押しつけるように、文次郎へ擦り寄る。首元を擽る髪に流石に気付いたのか、文次郎がううんと気の抜けた声で唸った。

「ん…どうかしたのか、留三郎」

「いや、何でもねぇ」

何でもないと言いながらも強請るようにぐいぐい接近すれば、眠気眼の文次郎は漸く自分を抱き締めてくれた。最大の好敵手でもあるこの男に主導権を握られることは気に食わないが、自ら甘える分には悪くない。

男の腕の中で安心を覚える自分に、不意に苦笑の混じる笑みが零れる。けれど、この温もりに勝る感情も、恐らく何処を探しても見つからないのだろう。



――忍びとしての文次郎の矜持を殺した代償は、果たして自分が責任を全うできるだろうか



文次郎が受け入れるかはわからないが、留三郎には彼がそれを受け入れてくれることに縋る他、選択肢は残されていなかった。


「おい、何を考えている」

「え?」

低い声色に腕の中から抜け出せば、しかめ面と目があった。妙なところで勘の鋭いやつめ、と留三郎は腹の中で舌打ちする。慢性的な睡眠不足を持て余しているこの男は、朝を苦手としていたはずだが、ここ最近は充分に睡眠をとれているからなのだろう。既に眠たげな様子はなく、文次郎は真剣そのものでこちらを睨んでくる。

「…何で朝から泣いている」

「は?泣いて…?」

言われて自分の目元をこすれば、生温かい水滴で湿っていた。茫然とする留三郎の代わりに、文次郎が些か乱暴な所作でその涙を拭いとる。

「…変な夢でも見たのか?」

「へ?」

「だーからっ!何故、泣いとるんだと聞いてんだろ!」

怒っているというより心配しているのが気恥ずかしいようで、文次郎はぶっきらぼうに吐き捨てると目を逸らした。何故そこで照れるのかと勘違いをしている男が愛しくて、留三郎は腹を抱えて笑いだす。勿論、笑われた文次郎は納得がいかない。すぐさま、布団の中でどつき合いが始まる。


じゃれ合うような子供騙しの慣れ合いは、あの頃の喧嘩を彷彿させ、また涙が出そうになった。






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