18日目 . (文次郎視点) 思わず押しつけてしまった口付けから、数日。あれから留三郎にどことなく距離を置かれていることが、ひとつ気がかりだった。 始めは警戒の解けない自分に遠慮なく手を伸ばし続けてきたくせに、こちらから近寄ったら逃げられた。その留三郎の行動を、時間が経てば経つほどに、単純に気に食わないと文次郎は思う。 自分たちが好いた仲であるのは、この生活の基盤となっているに誤解はない。だからこそあえて彼の嘘には言及しないでいるのは、文次郎自身の甘さであるというのに留三郎は一人で背負っているつもりなのだろうか。 確かに、この温もりを知らずにいた方が以前の文次郎であれば幸せだっただろう。というよりも、この温かさを一切拒絶することで、これまで孤独に忍びとしての壮絶な闇を生き抜いてきたのだ。それをよく理解する留三郎が、“こちら側”へ引き戻したことに罪悪感を覚えるのは無理もない。彼は自分の生真面目さとよく似て、考え方がいつも真っ直ぐで少し独りよがりだと文次郎は考える。 けれど、留三郎はわかっていない。自分が探していた答えはもう見つからないのだと、もし彼と始まることになっても構わないと、留三郎さえ望めば文次郎がいつでも彼を受け入れられることに。 「文次郎、灯火を消すが大丈夫か?」 「いや、待ってくれ」 その答えに、留三郎はきょとんとした面持ちでこちらを振り返った。灯りへと伸ばしていた手を引っ込めると、じっと睨む文次郎の視線に戸惑った表情で応じる。 「どうしたんだよ?そんな真剣な顔で…あ、もしや具合でも悪いのか?」 見当違いなことを言いながら、面倒見の良い留三郎は素直に自分へ近寄ってきた。黙って座る文次郎の横にしゃがむと、不安げな様子で顔を覗きこんでくる。 その隙を狙って、留三郎の腕を捕まえた。掴んだ腕を引き身体を布団へ押し倒すと、すぐ上に跨ってその肢体を組み敷く。久しぶりに四肢を俊敏に動かしたため、身体の随所に激痛が走った。けれど痛みに構うことなく、唖然とする留三郎を正面から見下ろす。 文次郎の乱れた黒髪がぱらりと垂れ、彼の頬を擽った。 「留三郎。何故、俺を避ける」 「…は?避けてなんか……」 「俺が触れようとすると避けるだろう」 「そ、そんなことは…」 「俺が忍びとして過去に情を一切捨てたことに気を遣っているなら、もうやめてくれ」 「も、文次郎…?」 「俺のことは自分で決める。おまえに気を遣われる筋合いはない」 「……」 「それより今は……俺は、おまえにもっと触れたい」 威嚇するに等しい眼で唸れば、留三郎が大きく息を飲むのがわかった。 他人の反応を窺うなど何年ぶりだろうかと回想しながら、彼を拘束する腕が緊張で震えるのは隠しようがない。文次郎が直接的な言葉で男を欲するなど、学園時代から数えても両の指で足りるに満たなかったはずだ。 表情を失くして沈黙した留三郎に、文次郎はか弱い声で続く台詞を紡ぐ。 「俺は…ここにいることを後悔していない。だから、留三郎。おまえに触りたい」 「………」 「もちろん。おまえの感情があの頃と違うのならば、俺は…」 そこまで言いかけたところで、首筋を辿り、頭を抱え込むように真下から腕が伸びてきた。吸い寄せるように抱き締められ、ちゅっと唇が重なり合う。 「…留三郎」 顔をあげれば、留三郎は目尻に薄らと涙を溜めていた。わけがわからず拭ってやろうと手を伸ばすも、その腕を掴まれ、あっという間にくるりと立ち位置を交替させられる。漆黒の中に浮かぶ留三郎の顔に普段の精悍さはなく、その姿はまるで幼い少年のようだった。 「怪我は気にしなくていい」 「……」 無言のまま視線を絡ませた後、二人は貪るように身体を求め合った。 . 戻る TOP |