13日目
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(留三郎視点)



3日前、文次郎に接吻された。

あの後台所に座り込んだまま間抜け面で呆ける自分に、彼は弁解も説明もせず、ただ戸惑った様子で目を伏せた。

「わ、悪い…」

「いや、俺は…」

そう繋げようとした台詞は、先が思いつかずに途中で途切れてしまう。急いで荷物を回収して立ちあがると、留三郎は「こいつらしまってくる」と文次郎の前から逃げ、その時をやり過ごした。


自ら手を伸ばすのは、堪えられた。全てを自分のせいにして、後で自己嫌悪に苛まれるだけでいい。けれど、文次郎から触れてくるなど想定外だったのだ。互いの想いが通い合っていることは、最初から了解の内だ。ならばあの程度の接吻、文次郎にとってはじゃれあいの域を出ない些細な悪戯だったかもしれない。だが、それがまた留三郎を深く悩ませた。




文次郎を拾って、10日以上が過ぎていた。彼は家の中であれば、動作はぎこちないものの、一人で自由に動きまわれるほど回復し始めている。ときどき脚を引きずる素振りを見せるが、経過は好調といえよう。

自覚などしていないだろうが、始めはどこか気を張っていた文次郎も今はだいぶこの生活に慣れ始めたようだ。同じ部屋で深い眠りにつく文次郎を盗み見て、それを確信する。拾ってきた直後を除き、数日前まで布擦れの音ひとつで神経を張り詰めていたとは思えない。


それを認める度、留三郎の心中の複雑さは増すばかりである。

もう暫し、文次郎の側にいたい。けれどこの生活は、忍びとして第一線を生き抜いてきた文次郎を飼い殺しているようで心苦しい。



「おい、噴きこぼれているけどいいのか?」


台所で思案に明け暮れていたら、文次郎が後ろからひょいと覗きこんできた。こちらの返事を待たず、手身近にあった棒で鍋を火からずらす。いつの間にか夕食にと作った汁物が煮立ってしまっていたらしい。

「あ、悪い。ちょっとぼうっとしていた」

「全く、忍びがこんなことでどうする」

「うるせぇ。それとこれとは関係ねぇだろ」

僅かに中身が零れた鍋からおたまで汁を一口掬い、文次郎の口へ強引につっこむ。突然の行為にも文次郎は慌てる素振りもなく、もごもごと具材を咀嚼していた。

「味は?」

「…悪くない」

「じゃあ飯だな」

まるで新婚のようだと甘い妄想を覚えるが、言葉にすれば即座に拳がとんでくることだろう。いや、この生活を始めてからは文次郎が怪我人ということを差し引いても、昔と比べて喧嘩の数が圧倒的に減った。それは決して寂しいことではなく、各々学園を出て大人になったこと、そして喧嘩せずとも自然と触れあってもいいのだと認めている故のことだろう。



決して贅沢とはいえない食事だが、最近は飯時が厭に楽しく感じられた。食前の彼の長ったらしい口上を聞き、ふたりで手を合わせるのは当たり前の情景となっている。

そんな毎日を幸せに感じつつ、留三郎はこの平和な生活に馴染み過ぎることを恐れていた。余りに穏やかでこんな日常が永遠に続くような錯覚を覚えるが、悲しいことにこの時間は期限付きの夢にすぎない。


食事中に気の重い話だとはわかっていたが、留三郎は思い切って気になっていたことを尋ねる決意をする。

「なぁ、文次郎。聞きたいことがあるんだが」

「なんだ?」

「文次郎は…怪我が治ったらどうするんだ?」

その質問に、文次郎はぴたりと箸を止めた。

「とりあえず…もう、あの城に戻ることはないだろう。僅かに城の人間で生き残りはいるかもしれないが、古参の忍びが付いているし、手負いの俺は必要ないだろうからな」

「…そうか」

「その先は…まだ、答えが出ない」

そう言うと、彼はおもむろに顔を伏せた。


てっきり新しい城を探すのだと断言されると思っていた留三郎は、一瞬返事をするのを忘れ呆気にとられた。







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