7日目
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(留三郎視点)





「文次郎、寝る前にちょっといいか?……提案があるんだが」

「…言ってみろ」

妙に慣れた会話の調子に、留三郎はふと既視感を覚え微笑んだ。思えば委員会の予算を含め、文次郎に提案を持ちかけることは最早習慣に等しい。そんな自分の様子に、布団の上で半身を起している状態の文次郎は訝しげな視線を寄越してきた。


留三郎は黙したまま、すっと並び合う二人の敷布団を密着させる。目を大きく見開いて慌てる文次郎を、強引に布団に押し倒し寝かしつけると、自分も自身の布団の中に収まった。そしてそろそろと相手の布団へ手を伸ばし、手探りで文次郎の腕を探しだす。その熱い手のひらを拙い所作で握りしめれば、文次郎はどこか怖がっているような顔をこちらに見せた。

「…留三郎?」

「あ、あー…初めて喧嘩したときを覚えているか?」

「は?」

「というより初めて顔を合わせたときは、まともな会話をするより喧嘩が先だったよな」

「あー。い組とは組の奴が言い争いをしていたところに居合わせて…訳もわからないまま、勢いで自分たちの組の仲間を庇って喧嘩になったんだよな」

「最初から髪引っ張るわ、本当に遠慮のひとつもなかったよな」

「あいこだろうが。ああ、1年の頃の記憶など忘れたもんだと思っていたが…意外と覚えているものだな」

「喧嘩のあと、どうなったかも覚えているか…?」


これは誘導だ、と罪悪感を募らせながらも、留三郎は今更ではないかと伸ばした腕に力を込める。だがそれより僅かに早く、逆に自分の手がぎゅっと強く握りしめられる感触があった。

「文次郎…?」

「その日は最後まで決着はつかなかったな。入学早々暴れて、先生にこっ酷く怒られ…ふたりで夕飯抜きにされたんだろう?」

「…そうだ」

「その上、今夜は長屋には入れんと追い出されて、おばちゃんが差し入れてくれたおにぎりをつまんで、外で並んで座って寝たんだ。こうやって」

「手を繋いで」という言葉の代わりに、指と指が絡み取られ、互いの手のひらが完全に密着する。その熱に厭らしさはなく、闇の中でただ心細くて身体を寄せ合って眠ったあの夜のような、幼いもどかしさが触れ合う先にあった。






今宵の静寂に、近頃の嫌な雰囲気はない。文次郎が寝息を立て始めたのを確かめ、留三郎は僅かに彼の方へと身体を移動させた。漂う薬品の匂いに混じり、男の気配をすぐ隣に感じ取る。肩と肩が近付いただけで、どことなく体温が伝わってくるようで、全身がほっと温まる気がした。彼にもこの温もりが伝わればいいと、祈るように留三郎も瞼を下ろす。


男を直接腕の中に納めてしまいたい衝動は、しんと冷える冬の空気の中にそっと吸いこませた。





その夜、文次郎が魘されることはなかった。







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