4日目
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(留三郎視点)





文次郎を引き取って4日目の真夜中。留三郎は声にならない悲鳴を聞いて目を覚ました。

がばりと布団を押しのけ起きあがり、隣で眠る男を振り向けば、文次郎はきゅうと眉を顰めて苦しげな呼吸を繰り返している。布団を掻き抱くように握りしめる手は、カタカタと小刻みに震えていた。包帯の巻かれていない首や額には嫌な汗をかいているのに、その表情は暗闇の中でもわかるほど青白く顔色が悪い。


起してやるべきか、留三郎は判断に迷う。何故なら文次郎が魘されるのは、今宵に限ったことではなかったからだ。




「…っ……ッ!」

「文次郎…」

結局苦しむ姿を見ていられず、上から覗きこむように身体を傾け、男へそっと手を伸ばす。ひんやりと冷たい頬に指先が触れた瞬間、彼の身体がびくりと強張ると同時に、両手が留三郎の首を握り絞めた。

最早、条件反射なのだろう。もしくは夢の内容が影響しているのだろうか。起すたびに首を絞められているので、留三郎に慌てた様子はない。ただ、息苦しさに呻き声が漏れるのは避けられなかった。

「うっ…く」

「はぁっ…はっ、あ……とめ、さぶろう?」

「ああ」と微笑み返し、彼の手の上に己の手のひらを重ね合わせると、首に食い込む指の力がゆるゆると弱まっていく。最後には糸が切れたようにぱたりと力を失くした腕を掬い取れば、呆けた表情の文次郎と視線が交錯した。


「文次郎、大丈夫か?」

「ここ…は?城に、幼子がまだ…」

「戦は終わったんだ、文次郎」

「あ?ああ、そう…だった、か」

「もう寝ろ、もんじ」

これ以上の会話を拒むように、留三郎はその冷えた頬に再び触れる。続いて目元を覆うように手のひらを被せると、今度は暴れることもなく、文次郎はその手を許容した証として静かに瞳を閉じた。






***





気付けば、あっという間に狭い部屋に静寂が戻っていた。時折入り込む隙間風に、留三郎はぶるりと半身を縮こませる。漸く文次郎の呼吸が規則的なものに変わり、思わずほっと胸を撫で下ろした。


文次郎は怪我で疲弊しきっていた初夜を除き、眠ろうとすれば必ず魘された。枕を並べて床につけば、まだ怪我で疲労が癒しきれていないこともあり、存外早く眠りにつく。だがそこから暫くも経たぬうちに、空気を切り裂くような無言の悲鳴をあげるのが常であった。

もしも留三郎が忍びでなければ、その悲痛な叫びに気付くことはなかっただろう。最小限の動作でぎゅっと身体を強張らせ呻くように喉を震わせる様が、彼のこれまでの生活の全てを映していると思えば、かける言葉も見つからない。



「おまえは…どんな地獄を見てきたんだろうな」

フリー忍者として生きてきた留三郎は、身を寄せる城が落ちるほどの凄惨な立場を経験したことはない。血塗れた仕事を引き受けるだけで躊躇いがあるというのに、この男はずっと戦場の最前線で闘ってきたのだ。


既に文次郎に不穏な気配はなく、そろそろ自分も布団に戻ろうと顔を覆う手はそのままにひとまず胡坐をかいていた脚を崩す。


そのとき、眠ったかのように思われた文次郎が乾いた唇をおもむろに開いた。掠れた声が、夜のしじまの中にぽつりと落ちる。

「留三郎」

「…何だ?」

「俺は、あの城の人間が好きだったんだ」

「…城を守るのは、兵の仕事だ」

「……そうだな」


彼の目元を覆っていた手のひらに温かい雫が滲むのを、留三郎はただ黙って見下ろしていた。







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