体育祭 4
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(留三郎視点)






リレーは予想通り接戦となった。だが、最後に留三郎が仙蔵を振り切り、見事に黒組が優勝を決めた。




けれど、留三郎の表情は晴れない。


閉会式を終え、興奮の冷めない会場から留三郎は逃げるように校舎へ戻る。先程のリレーでの活躍が悪かったのか、数人の女子生徒がこちらの様子を窺っていることに気付いていたからだ。

女の子に好かれて、もちろん悪い気はしない。しかし、自分が恋情を抱いているのは数百年間あいも変わらずあの不健康そうな男だけであった。彼以外に好かれても仕方がないとまではいわないが、ぎょろりとした目が優しげに細められた一瞬にわかる親愛の情や、喧嘩腰な口調の中に見え隠れする不器用な気配りなど、文次郎から与えられる感情に勝る感動はない。

留三郎は文次郎を妬かせないように立ちまわる癖が室町時代から身についていた。嫉妬してもらうのも偶には悪くないが、そもそも彼が明らかな嫉妬をみせることは滅多にない。素直でない文次郎相手だと誤解は喧嘩や厄介なすれ違いに発展しかねなかったからだ。しかしそこまで考えて、はたと動きを止める。


「今は…恋仲じゃねぇんだっけ」

無人の廊下でぼそりと呟く。外では勝者も敗者も入り乱れて、互いの健闘を称え合うように盛り上がっていた。その馬鹿騒ぎから逃げるように、どんどん人気のない校舎の奥へと進む。






***






先日委員会で作業をしていた階段まできて、留三郎は漸く脚を止めた。修復された壁を見て、先日の文次郎との会話を思い出す。あの時の和やかな時間が昨日のことのように思い浮かび、泣きそうになる気持ちを押し殺す。

その場にずるずると座りこむと、頭を抱えて小さく蹲った。

あの一言は、効いた。文次郎が当然のごとく言い放ったことが、またやりきれなかった。




「高校生だろ?彼女のひとりやふたり、好きに作ればいいじゃねぇか」


つまりそれは、留三郎に彼女が出来ようが構わないということだ。何も不思議な話ではない。文次郎には記憶がなく、別に現在も恋仲ではないのだから。

それでも以前のようにまた喧嘩をし、それだけでなく穏やかな時間も共にできるようになって…それはあの頃にも出来なかったことで、少しだけ期待していた。記憶が戻らなくても文次郎も自分を意識してくれるのではないか。また、そのうち恋仲になれるのではないか、と。だが、それはあまりに勝手な妄想だったらしい。現実に、この時代に男が男を好きになるなど常識的とは言い難い。


「好きなやつに、恋人を作ればいいなんて言われるとはなぁ…」

声に出すと、余計に胸にずしりとその言葉の意味することがのしかかる。あの文次郎の発言が示している現実が留三郎には受け入れがたい。

昼間、頬を赤らめて話しかけてきた少女を思い浮かべる。恥ずかしそうに声を震わせながら、必死に訴えてくるその熱っぽい視線を不快とは感じなかった。彼女と付き合えるかと言われれば、もし文次郎のことがなければすぐに2つ返事で答えたかもしれない。


「…あいつも、俺以外と付き合うことに、なるのか?」

嫌だ、考えたくないと留三郎は顔を伏せたまま頭を左右に振った。室町時代では、こんなことで悩むことはなかった。文次郎は厳しすぎる程に三禁を遵守していたから女の影などどこにもなかったのだ。それ故に恋仲にこじつけるまで多少の苦労はあったものの、あの時代衆道は珍しくもなかったし、障害といえば自分たちが忍者を目指していずれ別れなければならないこと。それだけであった。








「食満…?」

そして何とも絶妙なタイミングで、今最も顔を合わせたくない相手に名前を呼ばれた。

そのまま無視してしまえば、もしくは差し当たりのない言葉を繕っておけば彼も気にせず立ち去ったかもしれない。けれど、心配そうに様子を窺ってくる珍しい文次郎を相手に、留三郎はどうすることもできず顔をあげた。

「なんて顔してんだよ」

恐らく情けない表情をしていたに違いない。文次郎は流石に驚きを隠さず、少し慌てた様子で同じ視線の高さまでしゃがみこむ。

「…体調でも悪いのか?」

「何か用かよ?」

貴重な優しい言葉を突っぱねるのは身の細る思いがしたが、気を遣われれば遣われるだけ辛いだけだ。留三郎はあえて文次郎を拒絶するかのごとく冷たく問うた。その反応に、気の長くない文次郎はそうかよと一瞬にして不機嫌を露わにする。すぐさま身体を起し立ち上がると、留三郎に背を向けた。


だが性分なのか、引き受けたことは断れないらしい。背中を見せたまま、心底嫌そうな声で用件を告げる。

「…お前を呼んでこいと頼まれたんだ」

「は?」

「同じ黒組だったのを知ってのことだろう。幾人かの女子にお前の居場所を尋ねられた。まだ探しているようだから、後で行っ…け、食満!?」


文次郎の言葉を即座に理解した留三郎は、気付けば衝動のまま背後から彼を抱きすくめていた。びくりと文次郎の肩が跳ねる。二人の体格にさほど違いはないが、突然のことに対応できていない文次郎は容易に腕の中に収まった。


一瞬ぎゅっと力をこめて彼を捕まえた後、腕を掴んで力いっぱいこちらへ振り向かせる。動揺しているのか文次郎は抵抗らしい抵抗をしてこない。それを好機と留三郎は近くの壁に文次郎を押しつけ、その乾いた唇をぶつけるように重ね合わせた。

まさに目の前で文次郎が目を見開く。反論しようと僅かに開かれた唇に、さかさず舌をねじ込んだ。今生でこのような振る舞いにでることは初めてであったが、その動作は自分でも驚くほど手慣れていた。



「ん…っ」

文次郎は暫く引き剥がそうとやっきになっていたが、彼が身じろぎするほど舌を更に奥へとねじ込ませるのが容易になる。口内を端から端まで舐めまわし舌をしつこく絡ませれば、文次郎はくぐもった吐息をもらし、次第にされるがままになっていた。暴れた際に留三郎の腕を掴んだ手は、逆に縋りつく様に震えている。

そのうち文次郎は身体を支える力すら弱まり、2人で沈むようにその場に座りこむ。この手の中に思い焦がれてきた男の体温がある。それ以上の思考は働かなかった。

留三郎は貪るようにただ舌を深く念入りに絡ませることにだけ集中する。相手の身体を抑え込んでいた手は、今や撫でるように男の埃っぽい髪を梳いていた。互いの汗臭い匂いが、またくらりと脳内を刺激する。




乾燥しざらついていた唇は二人の唾液でてかてかと滑り、留三郎が重ねたそれを離すと自然と銀色の糸が垂れた。文次郎はぐったりした様子でそれを見ている。

その呆けた顔をした男と目があった瞬間、留三郎はつい先ほどまでの至福を忘れ我に返った。


この男は、自分と恋仲であった潮江文次郎ではない。


相手からの反響を即座に予測し、留三郎はふらりと立ち上がる。下から見上げてくる文次郎は、先程の接吻のせいでだらりと四肢が垂れ、目元には薄らと生理的な涙が溜まり、酷く煽情的な風貌だった。

しかし再びその唇に噛みつきたい欲情以上に、今の留三郎は後悔と恐怖に襲われていた。


この男は、この行為をどう思った?冗談だと笑い飛ばして殴り飛ばされるには、無理がある。以前と変わらず、現世でもお堅い男だ。気持ち悪いと罵倒されたら。それとも真剣に拒絶されたら。この時代では男色は陰ひなたとなる存在だ。記憶のない文次郎に、到底受け入れてもらえるとは思わなかった。








「…ごめん」


結局、留三郎が言えたのはその一言だった。吐き捨てるように呟くと、文次郎の反応を待たずに階段を駆け降りる。残された文次郎が追いかけてくることは、もちろんなかった。






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