体育祭 3
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(文次郎視点)







それから各自競技を済ませ、気付けばあっという間に昼の休憩時間に突入していた。

どこかで昼食を買おうと考えていた文次郎は、おばちゃんが特別に販売しているというおにぎり屋を探す。食堂のおばちゃんは記憶こそないようだが、あの時代と寸分も変わらぬおいしい食事をこの学園の生徒のために作っていた。






けれどおにぎり屋は一向に見つからず、探しているうちにあれほど賑やかだった場所から遠ざかり、だんだんと閑散とした裏の方へきてしまったらしい。

校舎の隅の人気のないところまできたとき、不意に聞き慣れた男の声がした。気軽に声をかけられる間柄であることに改めて喜びを感じながら、文次郎は彼の名前を呼ぼうとする。


が、口を開きかけるも、相手がひとりではないことに気付き、さっと隠れる。不覚にも聞き耳を立てるような形で相手の様子を窺うと、可愛らしい声が自分の代わりにその男の名前を呼んだ。少女は何かを押しつけるように留三郎に渡し、必死な様子で話しかけている。こちらからは留三郎の表情は伺えなかったが、そんなものは見たくもなかった。


鈍感といわれる文次郎ではあるが、流石にこのときは即座に状況を理解し、細心の注意を払って静かにその場を離れた。


何も不思議な話ではない。留三郎は容姿も整っているし、目つきは怖くとも後輩や女子には特段優しい。先程小平太の言っていた通り、女子生徒に人気があるのだろう。わかっていたことだろうと、文次郎は女々しい感情を打ち消そうと首を被り振る。

近くの壁に頭を叩きつけたい衝動に駆られるが、下手すれば勘のいい留三郎に気付かれるため、そうにもいかない。






ひとり暴れるその奇行を見ていたらしい。長次に、どうかしたのかとふいに声をかけられた。

「…おばちゃんのおにぎりを探しているのだが。どこで売っているか知っているか?」

「…もう売り切れたと…聞いた…が、小平太が大量に買い込んでいたから、一緒に食えばいい」

そうかと笑い返すと、強引に長次の腕を引いて文次郎は小平太らの元へ急いだ。たいしたことではないと思いこもうとしても、ついさっき聞いた少女の甘ったるい声が耳から離れない。

組分けに関係なくほぼ全員で昼食をとっていた場所に混ざり込み、小平太からおにぎりを分けてもらう。長次が何か言いたげな様子でこちらを見ていたが、文次郎は知らぬ顔でおにぎりを頬張った。






***






「まだ握り飯残ってるかー?」

後輩たちが食事を終えてあたりではしゃぎ始めた頃、一番顔を見たくない相手が隣に座ってきた。無意識に身体を引いて距離を取るが、何やら疲れきっている留三郎は気にした様子でもなかった。

「何だよ、これしか残ってねぇのか?」

少し前までは大量のおにぎりが積み上げられていた場所に手を伸ばし、「しかも残ってんの全部おかかかよ」とぼやく。

「小平太ぁ!俺の分残しとけって頼んだじゃねぇか」

その場で大声を出した留三郎に、後輩と戯れていた小平太は同じく声を張り上げて応じる。

「だって留三郎、さっきの女の子から手作りの弁当貰ってただろー?だから、握り飯はいらないと思ったんだ!」

その言葉に、留三郎はわかりやすい程の動揺を見せた。すくりと立ち上がり、怒りを露わにして怒鳴り声で返す。

「おまえ!見てたのかよ!」

「偶々見えてしまったんだ!足りなかったなら、まだ握り飯残ってんだし文句言うなよー!」

もう遊ぶことに夢中の小平太は、まともに相手にする気がないようだ。少し嫌がっているようにも見えなくない後輩を巻き込み、午後へのウォーミングアップだと、疲れを感じさせない動きでバレーに戻ってしまった。


留三郎は苛々した様子で再び座りこみ、何故か不安そうにこちらの顔色を窺ってきた。

「あ、あのさ…」

「それで、告白には応じたのか?」

何かを言いかけた留三郎に、文次郎は落ち着いた調子で尋ねた。聞かれた留三郎は、何を聞かれているのかわからないといった様子で、おにぎりを包むアルミホイルを剥いていた手を止める。

「何が、だ?」

「…何がって、呼びだされたということは告白されたということだろう?付き合うのか?」

本当はこんなことは聞きたくない。それでも、文次郎はその想いを押しこめるように冷静に問う。

「ああ…それなら…断っ、た。弁当も、受け取ってねぇし」

絞り出すように出てきた留三郎の答えに、安堵しそうになる心を諌める。

「何だよ、勿体ねぇことしたな。お前を好きだという女なんて早々現れないかもしれねぇのによ」

からかうように言うと、相手が完全に動きを止めたのがわかった。おにぎりの形が変形するほど、握る手が震えているのがわかる。

せっかく憎まれ口を言い合う関係になったのだから、怒鳴り返してくれればいい。そう思ったのに、予想したような返答はない。



「…お前は、俺に、彼女ができて…いいのか?」

何かを訴えるようにじっと見つめてくる視線に、文次郎はあからさまに顔を背けて視線を外した。心臓の締め付けられるような痛みに対し、口が勝手に動く様な感覚に陥る。思っていることと反対の事柄が、すらすら自分の口から紡がれていく。

「高校生だろ?彼女のひとりやふたり、好きに作ればいいじゃねぇか」

それとも意中の相手でもいるのか?という言葉は、ぐっと喉の奥にしまい込む。留三郎は暫く黙りこんだ後、小さな声でそうだよなと呟いた。





***




午後の競技が幕を開ける。棒倒しや玉入れなど目立つ競技は午前中で終わったかと思われたが、体力馬鹿が揃うこの学園では午後の競技も派手なものばかりだった。

上級生による騎馬戦では小平太が暴れるに暴れ会場を沸かせたし、綱引きでは特別参加である初等部のしんべえが大活躍するという異例の状況にこれまた盛り上がった。伊作は障害物競争で例によって喜八郎の特別トラップに嵌まり見事なまでの不運ぶりを見せつけたし、借り物競走では何故か豆腐という難題を楽々クリアした兵助が圧倒的な差でゴールしてみせた。


残すところは全学年の代表者による組別リレーで、白黒の勝敗はそのレースに委ねられている接戦となっていた。

「あっちには乱太郎がいるからなー。初等部とはいえ、なかなかに厄介だぞ」

「問題ない。こちらも先鋭を用意しているからな。ああ!しかし私も走りたかったっ!」

応援席で身を乗り出して開始を待っている小平太が、大人げなく地団駄を踏んだ。彼は様々な競技に参加しすぎていたため、黒組のリレー代表は留三郎が引き受けていた。

「まぁ留三郎なら大丈夫だろう。しかし仙蔵もこういうときには強いんだよな」

「あいつはチームプレイより、こういった個人戦系の競技が得意だからな」


そう言いながら文次郎は待機中の留三郎をちらりと盗み見る。結局昼休みの後、競技の関係で話した時にはいつもの留三郎に戻っていた。



それでも、あのときの留三郎の驚いたような、そしてあの精悍な顔が無表情になったところが脳裏に焼き付いて離れない。自分がどうしてあのような目でみられなくてはならないのか。文次郎は考えることを拒み、目の前の応援に集中する。












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