再会 2
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(留三郎視点)






翌日、委員会のため早朝から登校していた留三郎は、自身の教室で1人ぼんやりと思案に明け暮れていた。



小中高一貫校である大川学園の学園長を務めるのは、言わずと知れた大川平次渦正である。教職員の多くも忍術学園で教師だった者たちだ。

彼の方針はあの時代と然して変わらないようで、この学園では委員会など多くのことが室町と同じように設定されている。火薬委員会は給食委員会に、作法委員会は風紀委員会に代わっているが、他の委員会は呼称もそのまま使われている。当然、用具委員会の委員長となった留三郎は、建物や道具の修理をすることを現代でも受け持っていた。

用具委員会の仕事は一般生徒の邪魔にならない人の少ない時間帯に作業することが求められるため、早朝や放課後に委員会活動をすることが多い。今日は仕事を残していなかったのだが、習慣でつい早く学校へきてしまったのだ。

というのと、昨日のことが気になって、居てもたってもいられなかったことも今ここで留三郎がひとり座っている理由のひとつである。





***






「やっと会えたんだけどな…」


誰もいない教室に覇気のない呟きが響く。開け放した窓から、まだどこか冬の冷たさを残すそよ風が留三郎の髪を撫でた。

外からは委員会活動中であると思われる小平太の叫び声が聞こえてくる。体力と運動能力だけが取り柄ともいえる体育委員会は、委員会というよりも各部活動の助っ人係として活動していた。今は朝練の時間なのだろう。小平太の後を滝夜叉丸らが必死に追いかけているのが窓の端から確認できた。



室町時代では、確かに彼らは恋仲であった。けれど、それは忍術学園内での事実にすぎない。忍術学園に通うからには、将来各々道を違えることは暗黙の了解として彼らの考えにあった。それだけでなく自分の恋人は、忍者となる夢をいつも楽しそうに語っていた。

いきいきと未来を話すその横顔が、留三郎はとても好きだった。その夢を守っていくためには、何もかもを捨ててでも彼と一緒にいたいと願う自分が隣にいることは許されない。それが卒業時に食満留三郎が下した結論だったらしい。


しかし自分でも情けないことだが、その後でどれだけ後悔したか図りきれない。卒業後は、せめて恋人の期待に恥じぬようにと忍者としての血なまぐさい生活に全てを注いだが、学園にいたころのように心が満たされる感覚はなかった。だから、もし次に文次郎と見える機会があるのなら、今度こそ素直に自分の想いを告げようとずっと決めていたのだ。






「なのに、覚えてねぇとか」


盛大なため息をつくと、廊下から聞きなれた足音が聞こえた。しかしその相手に心当たりがなく、自分でも戸惑いながら振り返ると、今まさに思い悩んでいた意中の相手が教室の隅に立っていた。

「…おはよう」

「お、おう…おはよう」

文次郎の足音まで身体が覚えている事実に、留三郎は泣きたいような笑い出したくなるような気持ちを堪える。そんなこちらの感情に気付くこともなく、彼はすたすたと留三郎に近づいてきた。

「いつもこんな早くから来ているのか?」

何をするわけでもなく、電気もつけない教室でぼうっと座っていた留三郎に疑問を抱いたのだろう。文次郎が真横に立つと、机上にすっと黒い影が差した。

「いや、委員会の仕事をするつもりで来たんだが、思ったよりやることがなくてな」

「では、今は暇なのか?」

仏頂面で問いかける文次郎に、留三郎は静かに頷く。


「なら、ちょっと付き合ってくれないか?」

「構わねぇけど。どうした?」

思わぬ誘いに、心臓が早鐘を打つように跳ねた。いらぬ期待をしてしまう自分が浅ましい。それでも、例え相手が自分を覚えていなかったとしても、潮江文次郎という人間と一緒にいれるだけで心が騒ぐのだ。以前はその動揺が喧嘩という方向で表れがちだったが、互いに認めあっているからこそ、他の誰でもない文次郎といる時間は喧嘩ですら楽しいものだった。


「校内を案内してほしい。ひとりで歩いていたが、効率が悪くて仕方ねぇ。早く覚えないといろいろ不便だからな」

「ああ、そんなことか。いいぜ、付き合ってやる」

がたりと椅子を引き、文次郎を連れて教室を出る。




「で、どこに行きたいんだ?」

「一通り見て回りたい。会計委員になったからには、いろいろな委員会のところにも顔を出さなきゃいけねぇだろうから、出来れば各委員会の持ち教室は覚えておきたいんだが」

「わかった」


言われた通り、会計委員会がよく訪れる必要がありそうなところを重点的に案内する。「お前は何委員会なんだ?」など、過去に犬猿の仲といわれていたのが嘘のように他愛のない話を楽しみながら並んで歩く。かつてはそんな穏やかな時間をこの相手と過ごせることを切望していたけれど、今の留三郎にとってはときどき息苦しいほど切なくなるものだった。




二人はまだ生徒のいない校舎を隅から隅まで歩いた。ひとつひとつの部屋で丁寧に解説する留三郎に、文次郎が興味ありげな様子で話を聞く。暫し話の中で懐かしい名前を出すと記憶を辿るように目を細める文次郎の姿を、留三郎は胸が締め付けられる想いで見つめた。


「もうこの学園には慣れてきたか?」

「ああ。といっても、まだ正式に生徒になって2日足らずではあるけどな。仙蔵には早速こき使われているし、これだけ見知った顔に会うことが多いと…」

そこまで言いかけて、文次郎ははっと口を噤んだ。昨日のやりとりについては、今までお互いに触れないように気をつけていたのだ。そんな彼の反応に居たたまれなくなり、恨みがましいかなと思いつつ、留三郎はもう一度だけ問うた。

「…俺のことは思い出せないか?」

「…悪い」

顔を伏せる相手に、気にすんなよと留三郎は肩を叩く。

「一緒にいるうちに、そのうち思い出すかもしんねぇし」

「…ああ」

先程までの空気が一変、二人の間に気まずい雰囲気が漂う。そんな空気に耐えかねたように、最後にと向かっていた保健室への足取りが自然と重くなる。



「…留三郎は…俺のことをどう思っているんだ?」

沈黙を破り、柄にもなく不安げな声色で尋ねられた突然の質問に、留三郎は焦る気持ちを抑えながら静かに問い返した。

「それは…前世でどういう関係だったか、って意味か?」

文次郎からの答えはない。仕方なく、そういうことだと仮定して話を続ける。

「俺…たちは、喧嘩ばかりしていた、かな?」

「…俺が記憶を思い出さなかったら、どうする?」

「…それはそれ、だろ。潮江のせいじゃねぇんだし」

「…記憶を思い出してほしいか?」


最後の質問に、留三郎は答えることができなかった。





そうしている間に、保健室の前に辿り着いた。扉に手をかけると、開けようと力を込める前に扉が横にスライドした。

棒立ちになる二人の前に、同じようにトイレットペーパーを抱えた保健委員会委員長が茫然とした面持ちで突っ立っている。

「伊作…か?」

「文次郎!」

相手を確認するや否や、伊作は手に持っていた荷物を投げ出して文次郎に抱きついた。慌てて文次郎が伊作を受けとめる。辺りにばらばらとトイレットペーパーが散らばるが、不運のせいでしょっちゅう転んだり落としたりしている彼からすればこんなことは大した問題ではないのだろう。

「仙蔵や留三郎から聞いて、会えるのを楽しみにしていたんだ!今生では会えないかと思っていたよ」

前世でも忍者らしからぬ面倒見の良さで保健委員会委員長を務めていた伊作からすれば、しょっちゅう怪我を作ったり寝不足で倒れたりして保健室にくる文次郎は非常に気になる存在だと以前に話していた。

「ちゃんとご飯食べてる?まさか現代でも鍛錬とかいって池で寝てたりしないよね?毎晩徹夜とかしてない?」

「…おまえ、会って初めに言うことはそれか」

文次郎は伊作の身体をひきはがすと、やれやれとため息をついた。しかしその表情には、旧友と再会した喜びがはっきりと表れている。

「伊作の不運は相変わらずらしいな」

向かい合った肩越しに見る保健室は、何か棚をひっくり返したのか薬品や医療器具が乱雑に散らかっていた。それを聞いて、今まで二人のやりとりを黙って見ていた留三郎が声を荒げる。

「伊作!また棚をひっくり返したのか!」

「ごめーん、留三郎。やっぱり、今度あの棚は壁に固定してもらってもいいかな?」

「それは構わないが、授業までに片づけなきゃならねぇんだろ?手伝ってやるから、急げ」

「俺も手伝う」


そうして2人は、そのまま保健室を整理することになった。






その後3人で教室に戻り、文次郎は小平太と長次とも感動の再会を果たす。複雑な表情でそれを見つめる留三郎の姿に、事情を嫌というほど知っている仙蔵と伊作は気付かれないように各々ため息をついた。










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