再会
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(留三郎視点)




「え?覚えてなかったの?」

「ああ」

心配そうに話しかけてくる幼馴染に、俺はぶっきらぼうな返事しかできなかった。



室町時代に忍術学園に通っていた同朋たちと再会したのは、なんと数百年先の未来だった。何の因果か、ちょうど同じ時代の大川学園という小中高一貫校にかつての仲間たちが集結していた。

本来であれば生まれ変わってまた巡りあったとしても、互いに気付かなかったかもしれない。だが、多くの人間がその過去の記憶を持って生れてきていたため、俺たちは感動の再会を果たすところとなった。けれど記憶を思い出すタイミングは各々違うようで、中には仲間に会っても一向に思い出さない奴もいる。



そんなあの時代の想い人が学園にいると聞いて、食満留三郎が早朝の生徒会室に乗り込んだのは半刻程前のことである。生徒会長である立花仙蔵が特別に教えてくれたのだ。

留三郎が記憶を思い出したのは、かなり年少の頃であった。物心ついてすぐに前世の自分の記憶を知り、それ以降ずっといつも喧嘩をしていた犬猿の仲であり恋仲であった男を探し続けた。幼馴染として近くで育っていた伊作も、早々に記憶を取り戻していたことが大きいだろう。二人で何とか他の旧友に会えないかと奔走し、この学園を見つけた。

中学1年次に入学し、小学校にあたる初等部から進級してきた仙蔵と長次に出会い、2年後には編入してきた小平太に再会した。幸いにも同学年の人間は、みな過去の記憶を保有していた。その後、学年が上がるにつれ後輩たちとも続々と再会を果たしたが、肝心の文次郎が現れる気配はどこにもなかった。旧友らに説得も近い言葉で励まされ続け、ようやく高校2年生に進級したこの春、仙蔵から転入生現るの一報を聞いたのだ。


 
仙蔵は入学前の手続きで学園を訪れた文次郎と、もう打ち解けているらしい。すでに会計委員会の委員長に抜擢されている文次郎が明日の朝ここにくる。その話を聞いて、留三郎は期待と不安を抱えながらも滅多に訪れることのない生徒会室へ向かったのだ。まだ人気の少ない校舎を進み、恐る恐る生徒会室の扉に手をかけた。


「文次郎…」

数百年ぶりに呼ぶ愛しい名前は、緊張のあまり上擦った調子になった。
教室よりも幾分か 狭い生徒会室に脚を踏み入れると、ひとり机に向かって書類を眺めていた男がふいに顔を上げた。

無造作に跳ねる黒髪も、目元の気だるげな隈も、日頃鍛錬している割に細く綺麗な指も、見目に多少の違いはあるが間違いなく彼のものだ。


だが、返ってきた言葉は自分の感動を嘲笑うようにそっけないものだった。

「誰だ?おまえ」

「は?」

「だから…誰かと聞いている」

「…覚えてないのか…?」

「何の話をしているんだ?」

目を見開いて訝しげに見つめてくる文次郎に、思わずうろたえる。とはいえ、この展開を想像しなかったわけではない。すでに幾人か記憶を持っていない友人や後輩を知っていたし、一部は記憶を持つ者と触れ合う内に思い出した面子もいる。仙蔵も、文次郎の記憶の有無に関してまでは言及していなかった。それでも、過去に特別な間柄であった自分を覚えてなったことは少なからず堪えた。



入口付近で立ちつくし黙り込む留三郎に、はたと思いついたように文次郎が話しかける。

「もしかして…おまえも過去を持つ者か?」

「お、思い出したのか!?」

ぱっと顔を輝かせた留三郎に対して、追い打ちをかけるように長年の想い人は言った。

「忍術学園のことだろう?ということは…おまえは忍術学園時代の知り合いなのか?」

この発言には、留三郎は絶句せざるを得なかった。文次郎はわけがわからないという様子で、留三郎を不思議そうに見つめている。

「な、なんだよ…?」

「本当に俺のことを覚えていないのか?」

俯いているため表情は伺えないが、相手の声が震えていることに気付き、文次郎は言葉を探すように視線を彷徨わせた。

「なんだ…俺たちはそんなに親しい仲だったのか…?」

疑問を込めて発せられたその言葉に、頭の中で抑えていたものがぷつりと切れる音がした。

「本当に覚えてないのかよ!?いつも喧嘩ばかりしてたけどな!でも…それだって憎しみあってたわけじゃなかったし…俺はおまえのこと…っ!」


我を忘れ、拳を握りしめて叫ぶと、間が悪く生徒会室の扉ががらりと音を立てて開いた。戸惑うような文次郎と身体を震わせている留三郎を見て、きょとんとした顔で仙蔵が立ち尽くしている。

「どうしたんだ?お前たち」

「…悪い、仙蔵。俺もう行くわ」

待ち望んだ再会ではあったが、こんな展開をすんなり受け入れられるほどの用意は出来ていなかった。


逃げるように踵を返した留三郎だったが、何故か席を立って追いかけてきた文次郎に腕を掴まれる。

「…なん、だよ?」

ぐいっと身体が傾いた状態であったが留三郎はあえてそのままの体勢で問うと、引きとめた張本人も自分の行動に戸惑っているようだ。

「いや…その…悪かったな」

「…別にお前が悪いんじゃねぇから」

「でも知り合いだったのだろう?同じ学校なんだ、名前くらい教えていけ」

その言葉に仙蔵がびくりと目を見開く。賢い彼のことだ。一瞬にして状況を把握したらしい。


掴まれた腕を引き返し抱きしめたい衝動に駆られながら、留三郎は小さな声で答えた。

「…食満留三郎だ」

「…食満、か。そうか…これからよろしくな、食満」

名前を呼ばれたことに不覚にも泣きそうになり、慌てて乱暴な動きで文次郎の手を振り払う。

「ああ。急に悪かったな」

相手も俺は…と名乗ろうとしたが、知っていると遮ると後は振り返ることなく部屋を出て行った。






***





「あまり気にしちゃ駄目だよ?留三郎」

そのまま保健室に転がり込み、事情を知っている伊作にただ「覚えてなかった」と結果を伝えた。宥めるような声色に、つい苛立ちを抑えきれず声を荒げる。

「そんなこと言ってもよ…っ!あいつ、俺のことだけ覚えてなかったんだぜ!?」

「え…?どういうこと…?」

「…そのまんまの意味だよ」

そう吐き捨てると、留三郎は机に突っ伏した。これ以上話したくないという意思表示だったが、伊作は気にすることなく尋ねる。

「文次郎は…留三郎だけ覚えてなかったとでもいうの?」

「…そうだよ」

久しぶりに怒鳴ったせいか、頭がぼうっとする。ぼんやりと先程文次郎に掴まれた部分を手のひらでさすると、女々しいと思いながらもまた泣きたくなった。


「…また、仲良くなれるよ」

ぽつりと伊作の言葉が頭上から降ってくる。

「…前も仲が良かったわけじゃねぇ」

「でも…文次郎は文次郎だし、留三郎も留三郎でしょ?きっと前みたいに喧嘩できるって」

「…喧嘩してぇわけじゃねぇし」

「もう!ああ言えばこう言うんだから!それに…まだ思い出す可能性がゼロじゃないから、さ」

それは留三郎もよくわかっていた。けれど自分がずっと、記憶を思い出してからずっと探し求めていた相手が、こうも何も覚えていなかったことに言いようもしれない不安と恐怖に襲われていた。




実は彼らは、卒業から一度も会っていない。


といっても、お互いに想い合っていたことに違いなく、学園にいる間は何度逢瀬を重ねたことかわからない。だが、互いに忍者となるべく、卒業時にどちらからともなく自然と別れた。忍びとして生きる限り、無用な慣れ合いは命を脅かす危険分子でしかなく、また最悪の場合には敵となる可能性だってあることを嫌という程に理解していたからだろう。


留三郎としては、何もかもを捨てて彼と一緒にいることを望まないでもなかったのだが、相手は忍者になるためだけに存在しているような男だった。忍者に色恋沙汰は必要ない。学園中は想いを認め合い恋仲にまで至ったが、将来まで自分が求めたところで失望されるだけではないか。

そのことで今まで培ってきた関係が壊れるくらいであれば、と伝えることはなく、流れに身を任せてしまったのだ。その後どれだけ後悔したか計り知れないが、逆を返せば彼との関係はただの恋情だけでは言い表せないほど特別なものだった。

だが、文次郎にとっては…?
もしかしたら彼にとって自分は、関係を断ったと同時に忘れられる程度の存在だったかもしれないと。




留三郎が立ち去った後の生徒会室で、文次郎はその場からぴくりとも動かず突っ立ったままであった。振り払われた手さえ、所在なく差し出されたままの格好である。

珍しくあの仙蔵さえもが心配そうな様子で、彼に近づく。そして、その顔を正面から覗きこみ、ぎょっとして身体を引いた。

「も、文次郎…?」

「あ?なんだよ」

まるで化け物でも見たかのように驚く仙蔵に、文次郎が不機嫌な調子で切り返す。

「自分の顔をよく見てみろ」

そう言うと、どこからともかくさっと手鏡を取り出す。自分の顔を見た文次郎は仙蔵同様に驚いた声を出した。

「なんで泣いてんだよ」


自分でも理解できない現象に、文次郎は当惑した様子で涙を拭った。









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