文化祭 5
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(留三郎視点)




意気揚々と放送室に飛び込んでみたら、まさかこんな用件だったとは。煌びやかな衣装を着させられながら、留三郎は肩をがっくりと落とした。文次郎から呼び出されたのではと、なまじ期待しただけに余計に反動が大きい。そして最終的に、この呼び出しによって完全に文次郎と文化祭を回る夢も断たれたわけである。


夏祭りで誤解が解けたとはいえ、二人に恋仲らしい時間が取れたことはまだない。口付けだって、始業式の朝にしたあの1回きりである。騒ぎを好む文次郎である。祭りごとの浮かれた雰囲気ならまた好反応が返ってくるのではと期待もしていたが、こうとなっては遅い。







控室で渡された台本をじっと睨んでいるも、台詞など頭に入ってこなかった。深々と吐いたため息に、周囲にいた友人らがご愁傷様と同情の視線を寄越す。

「早く終わらせてぇ…」

切実なまでのその一言に、同級生のひとりが励ますように声を投げてきた。

「もてる男の宿命だと思って小1時間ぐらい付き合ってやれよ」

「何でよく知りもしないのに、俺が女子部でもてることになってんだよ…」

「仕方ないさ。女子の噂によると、立花と善法寺は実行委員だから本部から動けない身だし、七松と中在家は食べ歩くからとあっさり断られたらしいし。残ってるのが食満なんだろ?」

「…何でその面子なんだ?」

「女子部は男子部のことは曖昧な噂ばかりがひとり歩きしてるからさ。外見や何かと目立つ噂を持つやつに人気が集まるんだよ」

「あー確かに。俺たちは目立つ、のか」


体育祭や委員会で順当に代表等を務めていることを目立つというのであれば、その理屈には納得できる。ほぼ関わりない女子部が男子部の連中の名前を聞く機会は、むしろそのあたりの条件が揃わない限り考えにくい。常に刺激に飢えているような女子高校生にとって自分たちは格好の的なのかもしれない。一方で、男ばかりの空間に居心地の良さを見出している男子部の面々にとっては、これほど厄介なこともない。



「目立つといえば。転入生の潮江もさっき女子に声をかけられてたよな」

「あ、あれは珍しい光景だった!潮江、あの後どうしたんだろうな…って、食満っ!おまえ、何処に行くんだよ!!」

その言葉に、慌てて取り押さえようとする友人たちを振り切り、留三郎は纏ったばかりの衣装を脱ぎ捨て、教室を飛び出した。





男同士の恋愛に躊躇いを覚える気持ちはわからなくもない。故にまだどこかで学園時代の頃のように、いつかは文次郎に別れを切り出されるのではという懸念が拭えないからこそ、焦る気持ちもあった。留三郎とて時代が変わった現在、昔と同じように文次郎へ関係を迫ることはできずにいるのだ。


とはいえ同級生らの情報に、留三郎は我もなく文次郎を捜して駆けだしていた。咎めるというよりは、確かめたかった。

そして先程はあれほど必死に捜しても見つからなかったのに、今度は悲しいくらいに呆気なく大人の女性と並んで歩く文次郎を目撃することとなる。


文次郎は自分には滅多に見せないにこやかな笑顔で、女性を案内していた。その光景を目の当たりにし、留三郎は茫然と廊下のど真ん中で立ち尽くす。人混みの中で突っ立っている留三郎に、当然ながら文次郎は直ぐに気付いた。


「留、三郎…?おまえ、何で此処に…」

「おまえこそ…何で」

「劇の主役を承ったんじゃなかったのか…?」

どういう意味だ?と、その台詞を呑みこむ。劇の主役が変更されたのはつい今しがたの出来事である。それを聞いた文次郎が、別の人間と文化祭を回っているということは…?



自分が文次郎と文化祭を回ることができずに嘆いていたのに対し、彼が小平太や長次とならまだしも女性を連れて回っていたことが衝撃的だった。考えるのも嫌になり、思わず震える拳を落ち着けて押し黙る。

一言でも発すれば、往来で喚き散らしてしまいそうであった。悔しさに唇を噛みしめながら、留三郎は何も言えずに脱兎のごとくその場から逃げ出した。







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