文化祭 4
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(文次郎視点)





「長次!文次郎!竹谷のところで、次は焼きそばを食べるぞ!!」

「…小平太……危ないから走るな」

「おうっ!」


返事をしながらも、イカ焼きを咥えながら走る小平太の勢いは減速するはずもなく。周囲を蹴散らして次の屋台に急ぐ小平太に、後からゆっくりと追いかける長次と文次郎は一つため息をついた。

「小平太らしいと言えばらしいが、この歳にもなって」

「……文次郎も、祭りごとは好きだろう…?」

「ああ」

「…それにしては……今日はつまらなそうだが」

「そ、そうか?」

「ああ、違いない」

「いや、女子部がいるのが未だ見慣れなくて…」

「留三郎と、何かあったのか…?」


その言葉にばっと長次を見上げると、彼に当然のごとく真顔で見つめ返された。何で俺達の関係を長次が知っているのだと呆けていれば、問い詰める間もなく口数少ない彼が珍しく続けて話す。

「留三郎のクラスは…演劇だろう」

「あ、ああ」
「午後からは劇の方に行かなくてはいけないから…文化祭は午前中しか回れないそうだ」

「それがどうした?」

「留三郎も祭りごとは好きだろう」

「そうだろうな」

「楽しいことは…好きな相手と共有したいものだろう」

それが何を意味しているのか、回りくどい表現であったが漸く真意に気付く。もう隠すこともなく慌てて携帯電話を取り出してみれば、着信を知らせるランプがチカチカと光を放っていた。慌てて携帯を開くも、留守電は入っておらず、履歴も昨晩のものだけである。


何となくから生じた気おくれから、留三郎と文化祭を回るという発想もそもそもなく。暫く避けがちだったので相手も誘い辛かったのだろう。想いを確認し共にいると決めた今も、彼との距離感は未だ図りかねている状況に変わりはない。長年、現代で男同士の恋愛の難しさを悶々と考えてきただけに、慎重になりすぎて謙遜しがちになっていることは自覚していた。そのうえ、相手は女子からそこそこの人気のある男。花の青春時代を台無しにさせているのではという懸念は拭いきれない。

しかし、だからといって留三郎の気持ちを疑うのはまた別の問題である。彼が現世でも変わらず自分を特別だというからには、単純な男のことだ。文化祭は恋人のイベントだなんだという周囲の空気に当てられてか、それとも単に一緒に騒ぎを楽しもうと思ってか。どちらにしても己を待っていたのは疑いようもない。


「長次」

「ああ、捜してやってこい」

「しかし、何処に…」


『高等部2年、食満留三郎君。高等部2年、食満留三郎君。至急放送本部まできてください』


あまりにタイミングの良い校内放送に、ふたりはきょとんと顔を見合わせた。







まさかまた仙蔵の仕業ではと心踊らせつつ、放送本部へと駆ける。現在、大川学園で放送委員会を務めているのは前の学級委員長委員会の面々であった。もし仙蔵の策略であれば、彼らに事情を説明して敢えて自分ではなく留三郎の名を出すくらい容易にやりかねない。


人混みをすり抜けて放送室へ向かうと、予想通り留三郎の姿を確認する。だが、そこには既に先客がいるようだ。割り込むわけにもいかず、文次郎は脚を止め、そっと中を覗きこむ。

狭い室内では、留三郎が可愛らしい少女を前に困った風に頭を掻いていた。


「お願い、食満君。主役の男の子が風邪で休んじゃって」

「だが、俺は大道具の係の仕事があるし…始めに劇には出たくねぇって言っただろう」

異性相手に苛立ちを露わにする留三郎は珍しい。けれど目の前の少女が俯いて黙りこんでしまったのを見て、不意に口調が和らぐ。

「いや、その娘と組むのが嫌なわけではないんだ。けど俺、今日は――…」

「いいじゃないですか、先輩。どうせ一緒に文化祭回る相手いないんでしょう?」

「鉢屋、てめぇ…!」

「食満君、他に頼める人がいなくて…!」

「協力したい気持ちは山々だが、俺でなくても…」


これはどういう状況だと頭を働かせば、考えずとも何となく展開は読めた。なるほど、これが最初から女子たちの策略だったのか、本当に偶々主役が休んでしまったのかは見当もつかないが、差し詰め相手の少女が留三郎を推薦しているのだろう。人当たりもよいが一方では喧嘩早い留三郎に近寄るのは、大半が強気で所謂今時の少女が多い気がする。物陰で様子を伺う文次郎には、留三郎はどうするだろうかと他人事のように事の顛末を見守る他ない。

彼はうんうんと唸り続け、中々了承しようとしなかったが、最後に鉢屋三郎が「文化祭を一人で回るくらいなら、手伝ってあげたらどうです?」の一言が決めてとなって、終には縦に首を振っていた。








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