文化祭 2
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(留三郎視点)




文化祭の準備が始まってからというもの、文次郎と話す機会どころか顔すら合わさない。とはいえ、体育祭の後のように避けられているわけでもない。留三郎はクラスの出し物である劇の大道具係の仕事が忙しく教室から抜け出せず、文次郎は文化祭の予算管理で生徒会室に引き籠っているので、その状況は当然と言えよう。

致し方ないことだとわかっていても、一度文次郎とのすれ違いを経験している留三郎としてはこの状況は気が気でない。再会してからというもの、ずっと文次郎は自分のことなど好いていないどころか覚えていないと思われていたのだし、それが誤解であったと明らかになった今でも、未だ彼の本心が果たして本当に己と同質のものであるのか実感を得ない。室町時代では好敵手として、また恋仲として最も密な間柄を築いていた特別な存在と同一人物だとわかっていても、現代では再会してまだ半年も経過していないのだ。



今まで堪えていた分、例えすぐにくだらない喧嘩に発展するとわかっていたとしても隣に居たい。けれど、先程文次郎が予算案を手渡しに自分の元を訪れただけで、少し気持ちが軽くなった。あっという間に立ち去ってしまったとはいえ、近頃はその姿を見る機会も減っていたために、わざわざ会いにきてくれたという事実だけで嬉しいものである。

心なしか動きが軽快になったのだろう。ふんふんと鼻歌を歌いたくなる気持ちを抑えながら作業を始めると、真横にいた少女が何故かぎょっとしていた。

「食満君、急に嬉しそうだね」

「あ、そうか?」

そりゃあ、恋人が逢いにきてくれたのだからなという言葉は頭の中にだけ留める。それでも堪え切れずに緩む口元に、訝しげな視線がぶつけられる。

「さっきのって、生徒会の会計委員会委員長の潮江君だよね?」

「ああ、そうだけど」

「食満君と潮江君はあまり仲良くないと噂で聞いていたんだけど…実は仲が良いの?」

「え、あ……」

しまった、とすぐさま反省の波が襲う。室町時代では珍しいものでもなかったが、現代で衆道は好奇と偏見の対象である。それを考慮してか、記憶を持っている学園関係の人間ならともかく、基本的には自分たちの関係は内密にしようと文次郎に厳しく約束されていた。留三郎は周囲の評判など気にするまでもないが、確かにそのせいで彼が悪い評判を受けるのは気分が悪い。

「い、いや。仲良くはない。いつも喧嘩ばかりするし…でも、そこまで仲が悪いわけでもないだが…!!」

「じゃあ、善法寺君とは?」

「…は?伊作?」

慌てて弁解しようとする前に、突然予想外の名前が持ち出される。きょとんとした顔で少女を見つめ直すと、彼女は何故か顔を真っ赤にさせてあたふたする。

「い、いや。男子部の人達はとても仲が良いから!みんな気になってて」



変なことを聞いてごめんね、と申し訳なさそうに謝る彼女の話によると、男子部のメンバーの仲の良さは異常ではないかと女子の中で疑惑が持ち上がっているらしい。それもそのはず、記憶の有る者たちは数百年来の親愛で結ばれているのだ。あの頃とは異なる明るい未来のある学園生活に、昔果たせなかった想いを遂げようという想いも相まって、自然と距離も近くなる。


「伊作とは付き合いが長くてな」

「そ、そっか!じゃあ…今、恋人はいたりする…?」

「伊作にか?あいつは今は……」

「いや、善法寺君ではなくて!」

「ん?」

「食満君…今、彼女はいる?」と消えそうな声で呟いた少女に、留三郎は絶句した。







陽が傾き、漸く生徒が退散し校舎が静かになり始めた頃、留三郎は教室からちょうど真逆に位置する生徒会室に急いでいた。少女との会話を受けて、理由はわからないが何か嫌な予感が胸に渦巻いていたのだ。


鍛えられた脚でとんとん段飛ばししながら階段を駆け上がり、仙蔵がいることを踏まえて生徒会室の戸を一応ノックする。けれど扉の向こうからは何の反応も帰ってこない。
まだ文次郎がいれば一緒に帰ろうかとも考えたのだが、どうやら今日は帰宅してしまった後らしい。何とも煮え切らない思いで留三郎は部屋の前に立ち尽くす。ちらりと手元の携帯電話を見やるが、未だ一度もかけたことのない電話番号を呼び出すほど踏み切れない。

がっくりと肩を落として一人帰宅するその後ろ姿を、ひとつの影がそっと見守っていたことに彼は気付かなかった。








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