文化祭
.




(文次郎視点)




夏休みが終わって、落胆するかと思えばそうではない。大川学園は、体育祭に並ぶ二大イベントである文化祭の準備で活気あふれていた。体育祭と異なり、文化祭は隣の女子部と合同で開催される。俄に色気付いた男子部の校舎は、見慣れない少女たちの姿ですっかり様子が変わっていた。



それもそのはず、このイベントは青春真っ只中の高校生諸君には重要な行事であることに違いなく、これからやってくる寒い冬を如何に乗り切れるかはここで恋仲を見つけられるかとほぼ同義に等しい。ましてや普段は甘い少女らの香りと無縁のむさ苦しい生活を送る少年たちには、これほど浮足立つ期間もないだろう。

男子部と異なり、女子部は忍術学園と所縁のない生徒が過半数を超える。この行事を格好の機会と定めているのは何も男子部に限ったことではない。双方の利害の一致するこの文化祭は、所謂戦場と言っても過言ではなかった。



「ほら、早く渡してこい」

黙々と算盤を弾いていた手の上に、ひらりと1枚の紙が重ねられる。おもむろに顔をあげれば、したり顔で微笑む仙蔵が見下ろしていた。

「机の上に座るな、馬鹿垂れ」

「文次郎。おまえに仕事だ」

「とりあえず机の上から降りろ。おまえ、昔から本当に高いところに座るのが好きだよな」

「私のことは放っておけ。それより、その書類を留三郎に渡してきてくれ。文化祭の出し物についての予算案だ」

「…何故、俺が行かねばならん」

「仕事だ、会計委員会委員長」

「……わかった」

今、文次郎がしている計算も仙蔵が頼んだものだというのに随分な命令である。とはいえ、天下の生徒会長に逆らう理由もなく、文次郎はがたりと椅子を引いて立ち上がった。



文化祭を週末に控えた月曜日。通常授業は停止し、就学時間は例外的に全て文化祭準備に当てられている。きゃっきゃと飛び交う黄色い声から逃げるように生徒会室に籠る文次郎に、仙蔵なりの気遣いを見せたのだろう。けれど息抜きのつもりだろうが、賑わう校舎を移動する文次郎の脚取りは重い。何故なら彼が周囲を避けるようにひとりの仕事に打ち込んでいたのは、まさに今向かおうとしている、漸く想い通じた恋人に会いたくなかったからなのだ。








学園の隅にある生徒会室から、各教室のある棟に辿りつく。文化祭の飾り付けや小道具の準備で散らかる校舎は、廊下を歩くのもやっとであった。


人混みをぐいぐい押しのけて教室に入りこめば、目的の男の背中をすぐに見つけることができた。ただ1点、普段の作業風景と異なるのは、隣にちょこんと座る可愛らしい少女の姿だろう。

少女が留三郎に話しかける度、彼の作業の手が止まり、肩が揺れる。すると少女はその愛らしい顔を輝かせ、また意気揚々と話し出す。文化祭期間中に幾度か見かけた光景ではあるが、改めて見ると胸のあたりが痛い。どう見てもお似合いの高校生たちに、文次郎は話しかけるタイミングを直ぐに失ってしまう。


「おう、文次郎!何の用だ」

不覚にもぼんやり後ろ姿を黙視していたら、先に留三郎が気付いた。ぱっと振り向いた男は満面の笑顔を寄越してきたので、思わずこちらの口元が緩む。だが真横の少女が気になって、文次郎は慌てて仏頂面を装った。

「仙蔵から書類だ」

「わざわざおまえが届けてくれたのか?ありがとな」

邪気のない声色に戸惑いながら、紙切れ1枚を手渡す。続けて話そうとした留三郎に、文次郎はすぐさま踵を返した。

「確かに渡したからな。内容についての文句は仙蔵に言ってくれ」

「あ、ああ。なあ、文次郎…」

「作業の邪魔をして悪かった。じゃあな」


すたすたと立ち去る文次郎に、留三郎がわざわざ引き止めてくるはずもない。





逃げるように教室から生徒会室に移動し、仄暗い室内に戻ってほっと溜息を洩らす。自分との誤解が解けたからといって、留三郎が女子生徒から人気を集めている部類であることに変わりはない。関係を公にしていない以上不満を言えた立場でもないが、いざ目の当たりにすると彼はもっと相応しい存在と恋愛するべきではないかという懸念が頭から離れなくなる。


あの頃はまだ良かった。男色が珍しくなかったことも勿論だが、忍者を目指す彼らに伴侶を求めるという価値観がそもそも薄かった。山田先生のように婚姻する忍者もいないこともないが、其処には互いにいつ死ぬかわからない強い覚悟がある。時代背景の変化に伴い、衆道もとい同性愛は大きく様子が異なるからこそ、これまで自分は留三郎を忘れた振りまで装い、遠ざけてきたのだ。現代では…同性愛は偏見の対象であるだけに、二人が友情を越えて共にいるためにはまた別の相当な覚悟が必要となるだろう。何も恋人になることが留三郎といる全てではない。

とはいえ、彼との関係を中途半端で済ますわけにもいかない。何となく隣に立つだけなら話は簡単だが、いつも正面からぶつかりあってきたあの男に対し、常に真っ直ぐに関わろうとするからこそ文次郎は悩みを深めるのである。








.


[*prev] [next#]

戻る

TOP











「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -