新学期
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「良かったね、留三郎」

「おう」

始業式の日。留三郎は幼馴染に夏休みの報告をするため、早朝の保健室を訪れていた。


伊作は幼少期からずっと良き相談相手となってくれていた。文次郎と巡り逢えず、落ち込み嘆く留三郎の不安を、嫌な顔ひとつせず見守ってくれた大切な友人である。

文次郎からは自分たちの関係は今度こそ公にならないようにと固く口止めされていたが、どうにか同級生だけには事情を話して良いと許可が下りた。下手に隠すと後々面倒であることを、よく弁えているのだろう。



慣れた手つきで包帯巻きを手伝いながら、伊作に今度は惚気を語る。薬品を整理しながら聞く伊作は、半分は碌に話を聞いていなかったが、それでも友人の報告を嬉しく思っていた。

「しかし、おまえと一緒で、あいつ高校生になって携帯も使えないんだぜ?」

「僕は使えないんじゃなくて、持ってないだけ!」

本当は文次郎との誤解が解けた夏祭りの翌日にでも直ぐに伊作に話したかったのだが、残念なことにこの幼馴染は携帯電話を持っていない。というより以前は持っていたのだが、恐るべき不運ですぐに壊してしまうため、5個目の携帯電話をトイレに落としたときに携帯を持つことを諦めたらしい。


今時携帯電話を持っていない高校生など伊作ぐらいかと思われたが、文明の利器に疎い文次郎も例外ではなかった。彼は持ってこそいるものの、事務的な連絡以外に使用した形跡が見られない。一応番号は交換したものの、メールも打てないようで、頻繁に連絡を取る手段として有効とは到底思えなかった。

「だからせっかく恋仲になれたのに、祭り以来逢ってねぇんだ」

「文次郎らしいね。でも連絡が取れたところで、文次郎はそこまで積極的に誘ったりしてこないだろう?」

「まあ…そうだろうが。でも、今日から学校が始まるから毎日顔を合わせられるのか」

そう言って無意識に口元を緩める友人を見て、伊作は「じゃれあいついでに喧嘩するのはやめておくれよ」と水を差した。







同時刻。一方の文次郎も生徒会室で始業式の挨拶の準備をしていた仙蔵の元を訪れていた。


「仙蔵。おまえ…こうなることを見越していたのか?」

何の話だ?と含み笑いを見せる彼を見る限り、やはり文次郎の推測通りだったらしい。

「おまえ、あえて俺の補習の手伝いを留三郎にやらせただろう?」

「はて、だから何の話だと聞いている」

そう言いながら微笑む仙蔵は、暇なら資料作りを手伝えとこちらに書類の束を押して寄こした。仕方なく書類を整理しながらも、文次郎は不敵に笑い続ける生徒会会長をじっと睨む。


その視線を何事もなかったように受け流すと、仙蔵はさも楽しそうに話し出した。

「先週の夏祭りの日。あれだけ晴れていたのに雨が降るとは笑えたぞ」

「み、見てたのかよ…っ!」

「喜八郎がな。おまえたちが仲良く追いかけっこしていたところを見ていたらしい。それで夜に雨が降ったからな、下手な推理ドラマよりも酷い展開だとぼやいていたぞ」

「どういう意味だよ!」

「わかりやすい、と言いたかったのだろう」

大きくため息を洩らして、文次郎は頭を抱えた。留三郎には同級生以外に公にするなと口を酸っぱくして説いたが、既に後輩にも気付かれていたとは。


「おまえたちが何故あんなまどろっこしい関係になっていたかなど興味はない。だが、くっついたなら堂々としてればいいだろうに」

誰の差しがねでこうなったんだよという言葉は口には出さない。己と似て、気遣いをしていることを悟られるのを隠したがるこの友人なりに、自分たちを気にかけてあの勉強会の提案をしてきたのだろう。


「堂々といっても…あの頃はともかく、現代ではそうもいかねぇだろう」

「留三郎は気にしないと思うが?」

「そうだろうが…」


あえて公表するべきことでもない、と文次郎は考えていた。


留三郎は女子生徒にそれなりに人気がある。もし恋人ができたと知られただけでも騒ぎが起きるだろうに、相手が男だと知れたら何が起きるか想像もつかない。

「…まぁ、好きにすればいい。ところで文次郎。その資料は職員室まで届けてくれ」

「…おう」

当然のごとく別の仕事を始めている仙蔵に返事をし、文次郎は両手で整理した資料の山を抱える。わざわざ律儀に報告にきた文次郎に、影の立役者として気恥かしく感じる部分が大きいのだろうか。半ば追い出されるように生徒会室を後にする。

部屋を出る間際に感謝を呟くと、「おまえらは相変わらず面倒臭いな」と拗ねた調子の文句が返ってきた。






生徒会室を抜け廊下を歩いていると、突然留三郎が現れた。屈託ない笑顔で、駆け寄ってくる。

「文次郎、早いじゃねぇか!」

「仙蔵に用があったんだ。そういうおまえこそ、始業式の早朝からどうしたんだよ?」

「俺も伊作に用があってな。半分持つ、貸せよ」

そう言うと文次郎の了承も得ず、持っていた資料を半分より多いくらい取り上げられた。わざわざ取り返すのもくだらなく思え、素直に好意に甘える。礼を言えば、これまた楽しそうに留三郎が白い歯を見せた。


資料を抱えて、二人並んで廊下を歩く。自然と重なる足音が、朝の無人の廊下に響いて少し気まずい。ちらりと隣を盗み見れば、同じタイミングで振り向いた留三郎と目が合った。

「…留三郎。おまえ、その緩み切った顔をどうにかしろ」

自惚れだと否定することも出来ないほど、彼の自分を見る視線が甘ったるい。

「だがよ、会うのは夏祭り以来だろ?それにあの日は、あの後すぐにおまえが帰れというから」

「あのときは混乱していて、あれが精一杯だったんだ…悪かった」

「それは別にいいけどよ」

「…留三郎、その調子で他の奴らに悟られるなよ」

「でも、記憶がある奴らは騙しきれないんじゃないか?」

「ある程度は致し方ない…が」

おまえは女子生徒からの評判だってあるだろうという言葉は胸の内にしまった。





職員室へ書類を無事に届けた後、打って変わり乱暴な素振りで留三郎に腕を引かれた。


何処につれて行く気だと怒鳴るより早く、人気のない廊下の隅へ押し込まれると強引に唇を重ねられる。

僅かに背の高い留三郎の前髪がぱさりと瞼を擽り、文次郎は目を瞑る。漸く解放されて前を確かめると、まだ息のかかる程近くに少年の顔があった。


「…次に校内でこんな真似したら許さん」

「…隙を見せる方が悪い。違うか?」

まだ足りないと言わんばかりの挑発的な視線に、先程の恥じらいも忘れて思わずにやりと笑ってしまった。

初日から学校でこんなことをしていては先が思いやられる。そう頭の片隅で考えながらも、躊躇わず今度は文次郎から唇を押し付ける。


生意気なことを言った割に、まさかこの場で文次郎が反撃に出るとは想定していなかったようで、留三郎は急に慌てふためいた。それがあまりに想像通りで、文次郎がけらけらと笑い、結局喧嘩に発展したことは常の通りである。







実はこの先もまだまだあったのですが、迷走し始めているのでどうなるかわかりません。続きを完結させる目処が立ったら、もしかしたら続くかもしれませんが、ここで一旦完結。

ここまでお目通し、ありがとうございました





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