夏休み
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(留三郎視点)






「文次郎が赤点?」

仙蔵が笑いながら話すので要点が聞き取りづらかったのだが、つまりはそういうことらしい。


「文次郎、勉強はできる方だったよね?」

「試験前だというのに、油断して委員会活動ばかりしているからだ。馬鹿もの」

容赦のない伊作と仙蔵が各々言いたてる。当の本人は、余程ショックだったらしく机の上で屍のごとく伏せてしまっている。

「うるせぇ。前の学校で教わっていない範囲だったんだよ…」



2年の1学期の期末試験は、体育祭の準備等で授業数が少なかったこともあり、1年次に学習した内容からも多く出題された。その範囲は文次郎が以前通っていた高校では教えていなかったらしく、結果ぎりぎりのラインであったが1教科だけ赤点となってしまったらしい。

昔は憎たらしい程に座学も優秀であった文次郎が赤点で落ち込んでいる様に、思わず笑いが漏れる。その声を聞いて堪らずに彼もやっと顔を上げた。

「てめぇ、笑ってやがる…っ!」

「赤点を笑って何が悪いんだよ」

「ああ?」

互いの胸倉を掴み、いつものごとく喧嘩になりかけたが、伊作がまぁまぁと割って入った。

「で、文次郎は夏休みに特別課題を提出しなくてはいけなくなったんだよね?」

「…そうだ」







昼休みに突然仙蔵から呼びだされ、伊作とともにい組の教室に向い、この話を聞かされたところだった。未だ納得いかない様子で座る文次郎をひとまず放っておき、留三郎は仙蔵に用件を確かめる。


「で、何で俺が呼びだされたんだよ。わざわざこの話を教えるためか…?」

確かにちょっと笑ってしまったけどという言葉は、また喧嘩になりかねないので口には出さなかった。

「そんなわけはなかろう。つまりだ。馬鹿な文次郎はこの通り赤点をとり、特別課題を出されてしまった」

とげとげしい仙蔵の物言いだが、一片に事実であるので文次郎は決まり悪そうに黙っている。

「しかしだ。特別課題をやろうにも、そもそも出来なかったことを自分でやれというには無理がある。しかもこいつはその範囲のテキストすら持っていない状態だ」

確かに、一度学習した範囲が出来なかったのならともかく、文次郎はその範囲に対する知識がゼロの状態なのだ。テストで解けなかった問題が、課題を出されたところで出来るはずもない。

「で、俺に何の用だよ?」

「おまえが文次郎に教えてやればいい」

「はっ?」という疑問符は期しくも、文次郎と留三郎の両方から発せられたものだった。

「お、おい!こいつに教わるなんて俺は聞いてねぇぞ!」

「何で俺がこいつに教えなきゃいけねぇんだよ!」

同時に抗議の声をあげたが、仙蔵の冷やかなひと睨みで互いに口を噤んだ。

「本当は私が学園長から頼まれたのだが、いかんせん、私は夏休みに文次郎のために割いてやる時間など1秒たりともない。よって留三郎、おまえを私から直々に学園長に推薦しておいた。これは決定事項だ。わかったな?留三郎はひとり暮らしだし、勉強を教える分には都合がいいだろう?それにこの赤点の教科以外は文次郎の成績は優秀だ。互いに教えあえば、おまえも得ではないか」

「ちょ、ちょっと待て!俺の家でやんのかよ!?」

身を乗り出して反論する留三郎に、仙蔵はしたり顔で何かやましいことでもあるのかとほくそ笑む。

「そういうことじゃねぇ!」

「なら、異論はないな。早く勉強する日程を決めておけ。いちおう先生方に報告しなければいけないから、決まり次第私のところへ持ってきてくれ」


それだけ言うと、仙蔵はさも面倒と言わんばかりに伊作を連れて教室を出て行った。

まだ昼休みは半分以上残っている。取り残された二人は気まずそうに顔を合わせる。


「…それで、おまえはどうするんだ?」

「…仙蔵だけならともかく、先生方の命に逆らえるわけがないだろ。…おまえが嫌じゃなかったら、頼む」

苦虫を潰したような表情で、全くもって納得はしていない様子ではあったが、あの文次郎が大人しく自分に頼んできた。



ということは、全く会う機会のないと思っていた夏休み中もこいつと会えるのか。せっかく前の関係に戻れたところで部屋に二人きりというのには不安を感じなくもないが、文次郎への想いを諦めたわけではない留三郎にとってこれは好機に違いない。


「俺は構わねぇけど」

「じゃあ、さっさと予定決めちまおうぜ」


文次郎は早々に諦めがついているようで、まるでこちらが教わる側であるかのようにてきぱきと指示をし、予定を組み始めた。







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