こんななりでも、少し前まで彼女がいた。お互いに好きだったというよりは、告白されてなんとなく了承してずるずると長続きしている、形だけの『彼女』。別に彼女が好きなわけではなかったし、最早一度も恋い焦がれたりはしなかった。
でもまあ付き合っているのに誰にも関心がない(勿論彼女も含めて、)のはさすがにおかしいとも思って彼女を愛そうとしたこともあった。無理だったけど。何故なら、どうしてあの子を彼女にしたんだろうと思うほどに性格が歪んでいたから。
初めの頃はきっと猫を被って居たんだろう。おとなしくて気が利く女の子だった。それが最近は何時だって誰かの悪口ばかりで見苦しい。その根性が全く理解できない、なんてさすがに酷いから言わなかったけど。別れ話をしようとしたらまるで気が違ったみたいに泣きじゃくって癇癪を起こしたから、もうその話は止めようと思った。口の悪さを除けば普通の女の子だから、僕がちょっと我慢すればいい。

このときも彼女と歩いていた。相変わらず悪口しか言わない彼女にうんざりしながら、適当に相槌を打っていたらいきなり上から声が降ってきたんだ。たしかこんな。「悪口なんか言ったって何のメリットもないな。君はまだ友達の信頼があるからいいけど、いずれ友達も失うぞ。止めときな」その声は凛と透き通って風鈴みたいで(こんな恥ずかしい表現は出来れば避けたいけど、本当にそうだったから仕方ない!)、視界に青がさらりと揺れた。これが初めての出会いだった気がする。
不満そうな顔の彼女の隣で、特になにか考える訳でもなくただ呆けた頭でこの人先輩だなあ、すごい綺麗な人だ‥なんか思っていたけど、その先輩が僕らに話す声が、仕草が、表情が僕の中を走り抜けた。まるで電流が流れるみたいに。
あ、僕この人に惚れたな。そう理解してからの僕の行動は速かった。その場で彼女に別れを告げ、泣き始めた彼女は気にせずに、呆気に取られている先輩に名前と入ってる部活を聞き出した。なんだか少し強引だけど、この先輩に近付くためには手段は選べない、そう思った。先輩の名前は風丸一郎太。陸上部のエースだそうだ。ちょっと自意識過剰かな、だなんて言っていたけど強ち間違っては居ないのだろう。根拠は無いけどきっと間違ってないはず。僕はもうこの部活に入る気満々だった。「ありがとうございます、失礼します」
そう言ってその日はとりあえずそこを去った。一目も気にせず座り込んで泣いていた『元』彼女は勿論そのままだ。
次の日。僕は入部届を手に、陸上部のトラックへと走った。あの先輩‥風丸さんは風のような走りで周りを魅了していた。エース、って言うのは本当みたいだ。走るのを終えた風丸さんが僕に近づいてきて、一歩、また一歩近付く度心臓がどくん、と跳ねた。恋愛感情からくるのか、緊張からくるのか解らなかったけど後者だと信じておこう。
「君、昨日の‥」風丸さんが話しかけてくれた、という事実でも嬉しいのに僕を覚えていてくれた!嬉しくて転げ回りそうになったけれど、それを堪えてなんとか話す。

「はい!覚えていてくださったんですね」

「勿論。そんなことより、それ」

風丸さんが指差したのは僕の持っていた入部届。ちょっとだけ笑っていたように見えたのは気のせいじゃないと信じたい。

「僕、陸上部に入部したいんです!」
大きく息を吸って出した声は思いの外大きくて、周りの人たち皆に見られた。少し恥ずかしいけど気にしない。「歓迎するよ、でも練習は厳しいぞ?付いてこれるか?」
僕を試すように笑った風丸さんはやっぱり凄くかっこいい。

「はい!頑張ります!」
この時から、僕は後悔しない人生を送ることが出来てる気がする、なんて恥ずかしくて言えないけど。


昔のはなし

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