薄暗いノクターン横丁にあるブラック家行き着けの魔法薬の材料を扱う店。そこはいつもと相変わらず薄暗く埃っぽく黴臭い。先に着いていたファーストはぐるりと店内を眺めていた。 「行こう」 ファーストにこんな店は似合わない。ドラゴンか何かの目玉がぷかぷか浮く液体が入った瓶を見ていたようだが、強引に手を引いた。後ろで、またお待ちしておりますレギュラス坊ちゃん…と聞こえたが僕は無視した。 店から出たノクターン横丁は、そこはかとなく危険な空気を孕んでいた。外だというのにノクターン横町もこれまた薄暗い。否、闇に光など必要ない。忌み嫌う存在なのだから当たり前か。現にブラック家は暗くねっとりした闇を好む。そしてすれ違う人物は皆黒く重苦しいローブを纏い顔を隠していた。 「レギュラス!」 「ファーストリストちゃんと持ってる?」 「…え?えぇ」 ならいいけど、流すように答えて更に足を早めた。後ろのファーストが小走りなのが分かったが、一刻も早くノクターン横丁を出たかった。ファーストに闇は似合わない、それは出会った時からずっと感じていた。今も変わることはない。 「わっ!ごめんなさいレギュラス…」 「いや…」 僕が急に立ち止まったからファーストの鼻っ面は僕の背中にぶつかった。ノクターン横丁とダイアゴン横丁の境目、数段しか違わないのに階段の先は明るく眩しい。 「行こう」 「うん」 チラッと振り返ってファーストを確認してから一段、また一段と階段を駆け上がる。その先は沢山の人が往来を行き来していて、何より光と活気に満ち溢れていた。はぐれないようにと更にぎゅっとファーストの手を握った。昔はよくファーストに手を引かれて後ろをついて行くことが多かったというのに、今は見事に立場が逆転していた。 「まずはフローリシュアンドブロッツ書店でいいよね?」 「えぇ、必要なのは教科書と制服だけだから」 杖はほら、と服からチラリと見せてくれた。確かに転入なのだからそう大掛かりに必要な訳ではないか、と一人ごちた。 「ふくろうは?」 イーロップのふくろう百貨店の前を通り過ぎた時、振り返って聞いた。だけどファーストはふるふるっと頭を振った。 「猫を飼ってるの」 「へぇ?」 「猫は飼っても問題ないでしょ?」 「猫とふくろうとヒキガエルは許可されてる」 「良かった、また見せてあげるわね?」 とってもキュートでお利口なの、とファーストは微笑んだ。そうしてる内に着いた書店は人でごった返していたが、僕とファーストで手分けして探したからか意外にも早く済んだ。 「重いでしょ?半分持つから」 「いいよ」 「でも…」 「僕だって男だから」 「あ、ありがとう…そうよね」 少し頬を赤く染めて言う辺り、ちゃんと男として認識されているようで安心した。望み薄だとばかり思っていたが、そうではないのかもしれない。この買い物がいい例えではないか。 「ここがマダムマルキン」 「今日は採寸だけだから」 「うん」 カランと小気味良い音を響かせて入店した。まだ幼さの残るあどけない子達が他にも採寸していた。きっと新入生だ。ファーストはマダムに話し掛けるとすぐに店の奥へ通されていた。僕は小さく息を吐いて、店に置かれているスツールに腰掛けダイアゴン横丁を眺めた。そういえばこうして家族ではない誰かとダイアゴン横丁に来るなんて初めてだ。それにここ最近はクリーチャーが全てを用意してくれるから自分自身が横丁に赴くなんて皆無だった。ぽかんと傍観する横丁もまた酔狂。 店の奥で採寸に勤しむファーストのことをぼんやり考えながらも視線は横丁へ。そういえばこの採寸の後はどうしよう、確かこれで買い物は全部終わり。所要時間2時間も掛かっていない実にストイックな買い物。こういう時どうしたらいいのかなんて、きっと答えは1日掛かっても出ないだろう。だって僕はこうして女の子とどこかへ行くなんてこと今まで一度もなかったんだから。きっと兄さんだったら気を利かせて女の子が喜ぶような店にファーストを連れて行けるだろう。でも僕は兄さんとは違う。一緒であってはいけない。 こっそり吐いた溜息はそっと消えていった。 10.10.11 |