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兄さんのいないブラック家は静かだが、その重苦しくねっとりとした重圧が僕には息苦しい。イギリスの夏のようにジメジメとそれは僕を嬲る。
それが常だったのに、今年はどうやら違うらしい。
玄関が騒がしいような気がして、羊皮紙の上を走らせていた羽ペンを止めた。が、僕には関係のない父上や母上の客人だろうと勝手に思考を完結させて僕はまた羊皮紙に羽ペンを走らせた。すると控えめにドアの下方からノックが聞こえた。下方からのノックなんてクリーチャーぐらいしかいない。それは直ぐに分かった。


「クリーチャー?何の用だ」
「レギュラス坊ちゃまにお客様なのです」
「僕は忙しい、広間にでもお通ししておけ」


仕方がなく止めた左手、インク壷の蓋を閉めようした時、それはドアの向こうから聞こえた。


「…クリーチャー、では広間に向かえばいいのかしら?」
「はいそうなのです。坊ちゃまのお言葉は絶対なのです」
「分かったわ」


トントンと階段を下る足音にインク壷の蓋なんてそっちのけでドアを強引に開いた。目をまん丸にさせる一人と一匹に今度は僕が目を丸くさせた。声で予測出来たというのに。


「ファースト…」
「お忙しいのよね?待っているから」
「いや、あの、入って」


思わず通してしまってから後悔した。ベッドにだらしなく投げ出された羊皮紙や参考書。


「急に訪ねてごめんなさい」
「別に」


ファーストは部屋に入ると僕のスリザリンカラーのベッドカバーの上に腰掛けた。そしてなんて思うことなく参考書を重ねていく。


「すごいね、羊皮紙全部文字で埋まってる」
「そんなの普通だよ」
「夏休みの宿題?」
「まあそんなところ、でももう終わった」


返事をしながら放ったままのインク壷の蓋をぎゅっと閉めた。


「もう終わったの?」
「うん」
「じゃあ付き合ってくれない?」
「何に」


スッと差し出された生成色をした封筒、裏には蝋にホグワーツの校章が押され封がされていた。よく見ると一度開封されているようだった。


「これって」
「そう、ホグワーツから来たの。来年時にいる教科書のリストが入っていたの」
「つまりダイアゴン横丁へ?」
「ダメ?」
「駄目じゃない」


良かった。と笑ってファーストは立ち上がった。


「ヴァルヴルガ様には許可を頂いているの。レギュラスの準備が整うまで待ってるから」
「直ぐにする」
「じゃあ広間に行ってるから」


パタンとドアが閉まるのを確認してからクローゼットを掻き回した。今までの人生では感じたことのない焦りにも似た感情。こんなに服装を気にしたことも髪型を気にしたこともなかった。こんな時は何でも似合う兄さんが
羨ましく思う。兄さんはなんでもそつなく着こなしてみせる。兄さんが着るとたちまちオシャレになるのだから不思議だ。しかし僕はそんな兄さんとは違う。まだ背だって伸びきってないし、他にも満足仕切れないところが沢山ある。結局悩みに悩んで、シャツに黒いベストを合わせて下に降りた。


「お待たせ」


広間に入るとその空間には母上とファーストしかいなくて、二人の周りを和やかな雰囲気が纏っていた。少し違和感を感じたが、立ち上がったファーストに気を取られてすぐにそんな考えはどこかへ行ってしまった。


「ではヴァルブルガ様、行って参ります」
「えぇ気を付けて」


暖炉の前にファーストを誘導する。煙突飛行でダイアゴン横丁、いやノクターン横丁に出る為だ。ファーストがエメラルドグリーンの炎に包まれるのを見送った。そして後ろ手に母上がそっと差し出したずっしりと重い巾着を小さく礼を言い受け取った。


「では行って参ります母上」


そして僕自身もエメラルドグリーンの炎に包まれた。



10.9.19
(10.9.20up)

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