main2 | ナノ




あのうっとうしいぐらいに毎日毎日軒先にやって来ていた梟はある日を境にぱったりと来なくなった。そしてそれと同時に夫であるシリウスブラックもぱったりと姿を消したのだった。あの人が唯一無二の親友を殺すだなんてどう考えてもおかしい。あの二人は本当の兄弟のような存在であったし、そんな親友夫婦に生まれたハリーのことも微笑ましく思っていた。それに、自身の子供の誕生をも控えているというのに殺人に走るだなんて考えられない。そう信じていた、何年も何年も。


「first、だからね…」
「信じられないわ、だってそんな…急に」
「でもそれが真実だ、君の考えは間違っていなかった。シリウスは犯人じゃない」
「それは…そうかもしれないけど。あの子になんて言ったらいいか…父親はもう居ないものだと教えているわ。名前も、何もかも」
「でもあの写真のことは知っているだろ?」


今や良き相談相手となっているリーマスルーピンはリビングのキャビネットに飾られている古めかしい写真に目をやった。そこには若かりし頃の6人がこちらに眩しい笑顔を向けている。


「写真は知っているかもしれないけれど、名前とかはどう…かしらね」
「もしかすると知っているかもしれないね。昨年ハリー達と一緒に行動していたから、あるいは…間接的に」
「そうかも、しれない。けれど直接聞かれたことはないわ」
「そうか、それが母親に対する気遣いなのかもしれないね」


冷めたティーカップに口付けた。目の前のリーマスルーピンもそれに従う。私は熱い紅茶を淹れ直そうと席を立ちかけた時、リーマスは咳払いをしてそれを制した。


「率直に聞く、firstはシリウスに会いたくはないかい?」
「え!?」
「前も話したと思うけど、君にも不死鳥の騎士団に参加してもらいたい。これに関してはダンブルドア直々に話が来るだろう」
「待ってリーマス、話が見えないわ。騎士団とシリウスがどう関係しているというの?」


するとリーマスはゆっくりと、しかし少し警戒したそぶりを見せて話し出した。きっと話せるぎりぎりまでだったのだろう。でもリーマスの言わんとしている事は、しっかりと汲み取れた。


「つまり、なるほどね。分かったわ。つまり私は騎士団に入ってあなた達の力になる、と」
「うん、君の能力には一目置いてる。学生時代からね」
「それはどうもありがとう。そして、そこで私はシリウスと接触する…ということね」
「うん」
「ハリーはそうね、我が子同然ですからねもちろん助けたいし、力になるわ」
「それじゃあ…」


ぱっとリーマスの顔が明るくなったが、その後に続いた私の言葉にまた押し黙ってしまった。


「でもシリウスには…」
「え?」
「どんな顔をして会えばいい?もし、本当に私のことを少しでも想っていてくれていたなら一度でもこの家に会いに来るべきじゃない?」
「それは、なかなか会いに来れないんじゃないかな?」
「そうだとしても…ううん、なんでもない」


頭を振って自分自身に言い聞かせる。


「でもあれから15年も経つのね」
「そうだね」
「歳をとるものね」
「でも君は変わらず綺麗だ」
「ありがとう」


そして私は今度こそ熱い紅茶を淹れるためにキッチンへと立った。
その後、リーマスが言うように何の前触れもなくダンブルドアは姿現しし私に騎士団への参加を求めた。それに返事をすると、ダンブルドアは変わらない茶目っ気たっぷりに指定の場所を耳打ちした。



「グリモールドプレイス12番地…」



なんの変哲もないロンドンの一角に私は居た。マグルの世界はどこか居心地が悪い。別に後ろめたいことなどないのだけれど、辺りをきょろきょろ見回すと先日テーブルを挟んで共にお茶を嗜んだリーマスが現れた。


「ようこそ」
「えぇ、この間振りねリーマス」
「来てくれると思った。さあ入ろう」


ぐぐぐっとひしめき合った住宅と住宅の間に家が一軒現れるのは実に不思議な風景だが、今はそれどころではなかった。


「ねえ、リーマス」
「ん?なんだい」
「その…」



リーマスは私が何かを言う前にそのドアノブを捻った。ぎいと嫌な音を立てて開かれたドアに慌てて私も中に入る。こんな時の私の勘は嫌な程当たる。グリモールドプレイス12番地、ここはもしかすると、嫌十中八九彼の家ではないだろうか。玄関のドアノブにあしらわれた蛇の意匠や陰気は雰囲気が強くそう主張していた。


「リーマス!」


21の幸せの絶頂と言っても過言ではないそんな時に別れた夫であるシリウスブラック、もちろん時は待ってくれない。私がだって歳は取るし彼だって例外ではない。分かっているのに神様は心の準備すら与えてくれなくて、36の彼は今目の前に居る。2年前手配書が出回っていた時のシリウスは見る影もなかったが、今目の前に居る彼はどこか昔の彼を彷彿とさせた。痩せこけていた頬は少なからずふっくらしていたし、伸びきった髪もさっぱりと切り揃えられていた。


「シリウス」
「first…?」


私が来ることすら知らされていなかったのかシリウスはその瞳を見開かせた。


「リーマス、あなた何も話していなかったのね?」
「ダンブルドアが話したとばっかり…。そういえば夕方にはキングズリーやアーサー、モリー達も来るそうだ。ちょっとした歓迎パーティーかな?それまではゆっくり出来るよ」
「ちょっと、リーマス!」


リーマスは勝手知ったるようで、手前の部屋へと入っていった。ぽつんと廊下に残された私とシリウスの間には気まずい空気が漂う。当たり前といえば当たり前。なんて声を掛ければいいかさえ思いつかない。おずおずとシリウスが口を開く。


「あー…その、ほんとにfirstなんだよな?」
「15年も会わないとあなたは忘れてしまうのかしら?」


可愛くない私、いつまで経っても、子供が生まれてもなお子供な私。会いたかったって、そう言えばいいのに口はそうは動いてくれない。彼のことを考えると決まって出てくる涙も不思議と今は溢れる気配がない。


「元気そうだな」
「シリウスこそ、もっとやつれているのかと思った」
「そうだな、今はこの家に幽閉されてることの方が苦痛かな」


シリウスは軽く笑いながら、指名手配中の脱獄囚という立場から、ダンブルドアに本部から出てはならないと命令されているのだと言った。


「少し二人で話さないか」
「……」


今更何を話すの?とはさすがに口にはでなくて閉口している私の態度を肯定ととったのかシリウスは傍の階段を上がっていった。それに私も続く。2階にある客間やバスルームといった部屋を案内されながらも、上る上る。最上階まで上がったところでシリウスの足は止まった。向かい合った二つの部屋の内の一つに招かれた。ドアに掲げられたプレートでその部屋が誰のものかすぐに分かった。
入った部屋はカーテンが閉切られていて暗かったが、ベッドや箪笥など部屋のものは確認することが出来た。部屋の壁にびっしりと貼られたポスターや写真、グリフィンドールの紅と金の大バナーも全て。シリウスはベッドの上に積もった埃を払うとそこに腰掛けた。その隣も同じように払うものだから、それはもうもうと部屋中に舞った。だがシリウスはあまり気にしていないような様子だった。私はゆっくりと隣に座った。


「やっぱりここはシリウスの家だったのね」
「あぁ、二度と帰って来たくなかったけどな」
「それで、話って?」


シリウスは落ち着きのない様子で視線を未だ舞う埃が目視出来る宙にやった。


「あれから15年か」
「そうね、そんなに経つわね。あんなにうっとうしいぐらい梟を寄越していたのに」
「あれはfirstが寂しがると思ってだな」
「全然寂しくないのに」
「firstは強いんだな」
「強くなきゃやっていけないわよ」


ふいと壁の方へ視線をやれば動く写真。そこに映る4人の男子は光り輝いていた。あぁ、そういえばこんな写真撮ってあげたこともあったな、と他人事のように思う。


「…子供は?」
「元気にしてるわ。というか会ったんじゃないの?あの脱獄騒ぎの時に」
「やっぱりな…ハリー達に会った時に一目で分かったよ」
「あの子はあなたが父親だって知らないけどね」
「それが幸せだろ」
「父親の居ない子の何が幸せなの?あなたは何も分かってない!なんで真っ先に私達親子の前に現れないの?!なんで…ずっと…ずっと私は待っていたのに」


自然と荒ぶる声音と溢れる涙は感情に従順だ。シリウスは私に触れることもなく、ただ埃が積もった絨毯を見ていた。


「すまなかった」


ぽつりと吐き出したその言葉に、涙の関は決壊してしまったかのように溢れ出る。


「今更父親だとか、firstの夫をしたい訳じゃない。でもこれだけは聞いて欲しい。俺は一度だって忘れたことはなかった」


アズカバンに居る時も、ずっと忘れたことはなかった、first…ごめんな。
シリウスは控えめに私の肩に手を回して抱いた。



11.5.4
野村さんリクエスト
シリウスcrazy for you.で原作通りで脱獄後

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -