「寝てなくて大丈夫なの?」
パタンとドアが閉まると同時になまえは口を開いた。
「え?」
「シリウス、病気なんでしょ?ジェームズが…」
なまえは俺をベッドへと促し、自分はベッドサイドの椅子に腰掛けた。
「食欲、ない?咄嗟にパン…持って来ちゃった」
はにかみながら、可愛いらしい花柄のハンカチを解くと、いくつかに分けられたパン。
「ち、違うの!まだ食べてないのよ?切り分けはしたけど…」
「貰ってもいいか?」
「うん…」
そっとベッドに横たわる俺の膝辺りになまえはハンカチごとパンを置いた。少し体を持ち上げて、持って来てくれたパンをかじった。途端に忘れていた空腹感が蘇ってくる。
「その、わざわざ悪かったな」
「そんなことないよ、気にしないで」
「…なまえとこうやって話すのなんか久しぶりだな」
「…そう、だね」
地雷、とでも言おうか。なまえはそれっきり口数が減ってしまった。必然的に俺も。何か話さなければと思えば思う程なかなか洒落た言葉は出てこない。
「「あのさ(ね)!」」
「あ…シリウスからどうぞ」
「いやなまえから」
いざ話し出そうとすると言葉が見事に被ってしまって、2人して譲って2人して笑った。
「あのね、別にシリウスのことが嫌いになったんじゃないの」
「あっ、うん」
「ただなんか話掛けにくくなっちゃって…」
「俺がボーイフレンドじゃないかって冷やかされるから?」
「えっ」
はっとしたようななまえの顔は図星のようで、隠し事が出来ないなまえの性格が何故か微笑ましく思えた。
「なまえが迷惑に思うようならもう俺は…」
「迷惑じゃないよ!」
「え?」
「むしろシリウスが迷惑なんじゃないかって思って…」
自然と距離を置くようになっていってしまった、ポツリポツリと言葉を紡ぎ出すなまえだったが、丁度夕食時で寮の生徒が出払っていたお陰で一字一句聞き逃すことはなかった。
「俺は、迷惑だなんて一度も思ったことはないし、なまえのボーイフレンドに間違われるなんて光栄だ」
「え…?」
「俺はなまえが好きなんだ」
チラリとなまえを見るとその頬は俺でも分かるぐらいに真っ赤で、俺自身もそれに羞恥心が煽られた。
少しの間部屋の時計の秒針が刻む音に目を閉じて聞き入った。それは長い、長い沈黙のように感じた。
「…ありがとうシリウス」
「うん」
「シリウスは格好良くて頼りがいがあって、とても優しくて…」
心臓がざわざわした。
「私、…私もシリウスが好き」
俯きがちだった瞳が、その言葉と同時にすっと視線が俺に注がれる。
「シリウスにはとても感謝してる。いつも困った時に助けてくれて本当にヒーローみたいで」
「なまえが望むなら俺はいつまでも傍にいるから」
言い切った後にどんなにそれが恥ずかしい台詞かと、気付いた。しかしその時には遅かった。理解した頃にはそれは体温として表れてた。頬だけでなく顔が熱い。
「…シリウス、これからも私のヒーローでいて?」
「あぁ、御心のままに」
すっとなまえの手の甲に口付けた。
これが今の俺の精一杯の愛情表現。
END
10.1.25
(10.1.26up)