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エヴァンズの一言は俺を打ちのめすには容易で、先程まで感じていた空腹感はどこかへいってしまった。
一人の男子寮はしんと静まり返っていたが、今の俺にはそれが心地いい。


「はぁ」


らしくない溜め息が止め処なく溢れる。
俺が想いを寄せる気持ちはなまえにとっては迷惑の何ものでもないらしい。
本人からそれを知らされるのは最高に辛いが、他者から伝えられるのも辛い気持ちに変わりはない。


「はぁ」


思い返せばあの日なまえが女友達と楽しく会話をしていたのを小耳に挟んだ時からだ。
優しい人が好き、その言葉に一生懸命になった。
周りが見えないぐらいに一直線だったと、今なら客観的にそう思う。でも逆にそれが行き過ぎて結果なまえに迷惑がられるとは。


「はぁ」


もう何度目か分からない程数多くの溜め息を生産した。
そして俺は目を瞑った。
このまま目が覚めなければ、なまえのことを忘れられたら、時間が巻き戻ってくれたら…在りもしない事を考える自分に自嘲した。
俺はそのまま周りの音を聞きながら眠りの体制に入った。あわよくば、と先程の考えを巡らせながら。

ゆっくりゆっくりと微睡みつつあった意識がパタパタという音に覚醒されていく。これが走る足音であることは間違いなく、眉間に皺が寄るのを感じた。その足音は近付いて来るに連れて小さくなって行く。不審に思っているとドアから軽やかなノックが聞こえ、その後そこに居るはずがない声が聞こえてきた。


「…シリウス?具合はどう?入ってもいいかな」
「え、ちょ、ちょっと待て!」
「…う、うん」


慌ててベッドから飛び出て俺は床に散らばった雑誌や悪戯グッズをベッドの下に追いやった。そしてドアの向こうに居るであろうなまえを招き入れた。


「…どうぞ」


きぃっと建て付けの悪いドアが悲鳴を上げたかと思うと控えめになまえが顔を覗かせた。
柄にもなく高鳴る心臓が煩い。



10.1.22
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