lapis | ナノ





あんなに間近で女性の涙を見たのは俺の11年の人生において初めてで、手を握るだけで精一杯だった。

窓の外はちらちら雪が降り始め、いつの間にかホグワーツは雪化粧を施され綺麗に輝いていた。
もう今年も残りわずかで四年生以上にとっては素晴らしいイベントであるだろうクリスマスダンスパーティーが迫っていた。


「ダンスパーティーかぁ、僕だったらリリーを誘うよ」
「そればっかだなお前は」
「あんなに素敵な女の子には出会った事がないね!」
「そうか?」


ジェームズは熱弁した。自分がどれほどに惹かれているのか。ちなみに当のリリーエヴァンズは違う意味で引いている。それにジェームズは気付いていないから質が悪い。
そんな時、俺に声を掛けてきたのはなまえだった。


「シリウスちょっといいかな?」
「あぁ」
「ジェームズ、少しシリウスを借りるね」


どうぞ、どうぞ持って行ってくれと言わんばかりのジェームズのジェスチャーに俺は憤慨し、なまえは笑った。
なまえの気兼ねないところや誰にでも優しいところはグリフィンドール寮生からも一目置かれていたし、ジェームズ達と打ち解けるのにそう時間は掛からなかった。


「で?どした?」
「あの、これ…」


差し出されたクリスマスカラーの手紙を受け取る。見てくれと言うわけだ。カサっと音を立てて中から手紙を取り出した。そして書かれた文字を目で追う。


「これ…」
「さっき届いたの」


なまえが差し出した手紙はなまえが書いたものではなくて、この間相談された同じ寮の五年生からのものだった。
内容は、そろそろ返事をくれないか?という催促の内容だった。


「夕食後に中庭で待っています、か」
「うん…」
「なまえの中で結果は出たのか?」
「…うん、断ろうと思ってるの」


ダンスパーティーに参加するような衣装もないし、何より何も知らない人とはお付き合い出来ないとなまえははっきり言った。


「それでシリウスには悪いんだけど、一緒に来てほしいの…近くで見ててくれてるだけでいいんだけど」
「俺に?」
「うん、シリウスが近くにいてくれたら心強いから、迷惑…かな?」
「いや、別に構わないけど」


なまえが断るとはっきりと言った時、俺はどこか安堵していた。

そしてなまえと俺は手早く夕食を済ませ、みんなよりも早く大広間を後にした。ちらりとグリフィンドールの席を見渡したが、全ての寮生の名前を知っているわけでもなければ上級生なんてみな同じように見えた。例え本人が居ても名前だけじゃ分からない。
大広間の後に少し寮に戻ってマフラーや手袋を身に付けた。中庭と言えど外だし、寒いことに変わりはない。


「シリウスありがとう」
「何が?」
「一緒に来てくれて」
「まあ、なんだ、その…なまえのことが心配だからな」


また子供扱いしてー、となまえは膨れた。それが違和感なくて、本当に子供のように思えて笑った。
雪はちらちらと絶え間なく降っていて、中庭に着いた時、先に来ていた相手の頭には少し雪が積もっていた。その姿を見たなまえは申し訳なく思ったのか駆け出して、少し胸がちくりと痛んだ。
俺はそのまま見えないであろう柱の陰に身を潜めた。
何を話しているかは聞こえないし、なまえは最初駆け寄った時以外は俯いたままのようだった。俺はしばらく真上を見上げて思いに耽った。
なまえはちゃんと言えるだろうか、ならクリスマスはどうするんだろう、俺と同じようにホグワーツに残るのだろうか、ジェームズ達のプレゼントまだ決まってないな、ふくろう通販のカタログどこだったのかな、なまえには何を用意したらいいかな。
そんな時、大きな声がして俺はハッとなまえの方を見た。相手は断られたのが不服なのか何か声を荒げていたし、当のなまえは手を掴まれているのかその場から離れられず困っているようで俺は柱の陰から走り出した。何度か雪に足を取られたが、なまえの元に辿り着くと俺は言い放った。


「おい、その汚ねぇ手を離せ!」


ベタな決まり文句。何かで見たような気がする。


「なまえはもう断ったんだろ?ならもういいじゃねーか」
「キミは?」
「俺はシリウスブラックだ」
「彼女の何?恋人?」


何、ナニ、なに?
それは俺が聞きたい。
俺はなまえの後輩?友人?それとも、いや恋人でもなんでもない。思いを伝えた訳ではないのだから。


「俺は…」
「何でもないなら席を外してくれないか?」
「でもなまえが嫌がってるじゃないか…」
「キミには関係ないだろ」


相手の勢いに、自分自身の最初にあった勢いがなくなっていくのが分かる。何か言わなきゃ何か言わなきゃと思うのに何も口から出て来ない。
そんな時、沈黙を破ったのはなまえだった。


「私、だから、あなたとは付き合えません。何も知らないし」
「だからそれは付き合った後から知っていけばいいじゃない」
「そんな中途半端な気持ちで付き合いたくはない、し、それに私…気になってる人がいるんです」


それは俺自身も初耳だった。ガンっと頭を殴られたような衝撃があった。


「だから付き合えません」


ごめんなさい、そう言いなまえは俺の手を引き相手の顔も、相手の反応も見ずに立ち去った。
その時のなまえ手が冷たくて、震えていたのを俺は知っている。



09.09.23
(09.10.02up)
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