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まさか、路地裏で猫に餌をあげていた人が六つ子の内の一人で、そんな六つ子の長男の方に深夜のコンビニで出会って、連絡先も交換していないのにたまたま次の日にも出会って、そしてその日の晩にご兄弟共々飲み会の席にご一緒して、剰え堂々巡って最初の猫に餌をあげていた一松さんと今歩いている。ほろ酔い気分で。これは本当に偶然が重なった上での出来事なのかと頬をつねりたくなる。
先を行く一松さんに離されないように3歩後ろ辺りを歩く。場所は分かってるのかな?なんて疑問がわいたが、一松さんは路地裏の方に足を向けていた。途中、気だるげに振り返って「こっちであってるよね?」と聞いてきた。


「い、一松くん…」
「…なに?こっちじゃなかった?」
「いや、あってるんだけど…その、ごめんね。面倒臭いよね、酔っ払いを送るなんて」
「…別に」


相変わらず一松くんは数歩先を歩いていて、こちらからはその表情が窺えない。声色から推測するしかない、けれど初対面に近い私ではその声色が何を意味するのか分からなかった。


「あ」
「え?」


一松くんの声に俯いていた顔をあげ、一松くんが見ている方向に視線を向ければ一匹の黒猫。暗闇に紛れていたその姿に、よく分かったなぁと感心する。その猫は一松くんと知り合いなのか、ひと鳴きするとぽてぽてと私達に向かって歩いてきた。しゃがんで視線を合わせる一松くんに倣う。本当にこの人は猫が好きなんだなぁ。



「真っ黒で可愛いね」
「…うん」
「一松くん、本当に猫が好きなんだね?暗いところに居たのにすぐに気がつくなんて…」
「好きだよ」


猫が好きだと、そう言ったのにその好きだよという言葉だけがやたらクローズアップされて心臓が跳ねた。
ゴロゴロと喉元を撫でたり、ゴロンと転がった猫の腹を撫でたりする一松くんを見たり、猫を見たり。そこに会話は無い。でも、不思議とその時間が嫌じゃなくてポケットから伝わるバイブレーションに気付くまでただただ見つめていた。


「…電話?」
「ううん、ライン。トド松くんから」


パッと光ったスマホのディスプレイに一松くんと猫が反応を示す。しかしどうやらこの行為は一松くんと猫とのやり取りに水を差してしまったようで、一松くんは猫を撫でていた手を止めて立ち上がった。その一松くんを物欲しそうに見つめる猫に少し罪悪感を覚える。


「トド松、なんて?」
「今日はありがとう、また一緒に飲みに行こうっていう内容。もう皆家に着いてるみたい。一松くんも、もうここでいいよ?うちまであと三分ぐらいだし」


遅くまで付き合わせて悪いから、そう続けたが一松くんは引かなかった。おそ松くんに言われたからと。長男の言葉って偉大なんだなぁと感じた。


「えっと、じゃあ…こっち」


路地から先の道は、先程とは逆で私が先を歩く。ジャリジャリと一松くんのサンダルが奏でる音を背中に受けながら。
本当にものの3分もしないぐらいに、私の住む1LDKのこじんまりとした単身者向けのマンションが見えてきた。


「一松くん、ここ」
「…うん」
「え、っと…よかったら、うち寄っていく?猫居るよ?」


言い終えた後に変に思われたかな、と不安になったけど一松くんは勘繰った様子もなく私に現在の時刻を尋ねた。


「…もうすぐ23時になるかな」


再び仕舞っていたスマホを取り出して、電源ボタンを触ればディスプレイが煌々と点灯する。愛猫の壁紙に被さるように時計が表示されていた。一松くんはその時刻を聞いてしばらく考え込んでいたようだが顔をあげて言った。


「…今日は帰る」
「そっか…」
「時間も遅いし…悪いから…」


じゃあ、とマンションの下まで送ってくれた一松くんは踵を返した。


「あの、一松くん!送ってくれてありがとう」


そう控えめに声をかけると、一松くんは振り返ってこくんと頷いてみせた。小さくなる一松くんのシルエットが見えなくなるまで見届けてから、鍵を取り出して自室のドアノブに手をかけた。

部屋の玄関の電気は人感センサーでフッと点灯して、いつもの靴箱の上に鍵を置く。定位置に置いておかないと朝苦労することを知ってからはいつもここに置いてある。ただいま、と声を掛けてリビングの方へ行こうものなら愛猫の愛猫の名前は足元に擦り寄ってくる。折角の休日なのに、寂しい思いをさせてしまったなと反省した。その分、明日の日曜日はうんと遊んであげようとも。
締め切ったカーテンを確認し、素早く衣服を脱ぎ部屋着に着替える、洗面所で化粧を落とすのも忘れずに。そしてリビングのTVの前に設置されたソファに倒れ込む。すぐに愛猫の名前もソファに飛び乗ってくる。
本当に今日は色んなことがあった。何より、昨日でおしまいだと思っていたおそ松くん会えた。細やかな約束をしていた訳では無いし、ましてや連絡先を交換したわけでもない。たまたま昼下がりの商店街で出くわしたという偶然。一松くんのことだってそうだ。たまたま水曜日のノー残業デーで早く仕事が上がれて、コンビニに寄ってからいつもの帰り道を歩いていたのだ。偶然が重なっての出会い。


「あ、トド松くんに返事しなきゃ」


家に帰って来た途端微睡む意識の中、スマホを取り出してトド松くんにメッセージを送った。




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