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おそ松さんと、約束した19時よりも30分ぐらい早く着いてしまった私は駅前のコンビニで時間を潰そうと思っていた。なのに、コンビニに入るとそこには赤いパーカーのおそ松さんが既に居て、雑誌のコーナーで立ち読みをしていた。こう言うと普通に聞こえるが、厳密に言うとおそ松さんは男性なら致し方ないのかもしれないが、エッチな雑誌を立ち読みしていた。少し声を掛けづらい。そんな私の視線に気付いたのかちらっと横目で周囲を確認したおそ松さんと目が合った。途端おそ松さんは目を見開いて、顔を真っ赤にして雑誌を陳列棚に戻すと少し裏返った声で名前ちゃん早いね!と言った。


「昼間、というか昨夜はお世話になりました」
「い、いやいや何もお世話してないからね」
「こんなにも早く一緒に飲みに行けて嬉しいです」
「そんな大したとこじゃないよ?大衆居酒屋だし。でも、うまい!安い!早い!が揃ってる」


もう弟達は先に行ってるから、とおそ松さんは先を歩くので私はそんなおそ松さんに付いて行った。


「あ、そうそう昨日の夜俺ら六つ子だって話したよね?」
「?はい、聞きましたよ?」
「いや、前置きしておかないと大抵の人はびっくりするからさァ」
「そんなにそっくりなんですか?」


ほんと、やんなっちゃうよー。なんておそ松さんはおどけて見せたけど、嫌だなんて微塵も感じさせない笑顔だった。


「また着いたら紹介するよ。すぐには覚えられないと思うけど、悪いヤツらじゃないから」
「はい、よろしくお願いします」
「あとさ」
「?」
「そのおそ松さんって言うのと、敬語やめない?同い年じゃん俺ら」


さらっとおそ松さんは居酒屋に向かう道中でそう言った。


「…いや?」
「嫌じゃない、け、ど。えっと………おそ松くん?」


そう呼べばおそ松くんは屈託の無い笑顔で私を見た。飾らない人なんだとそう感じた。
コンビニから歩いたといっても10分もかかってない、道の左右に同じような居酒屋が並ぶそのうちの一つ。赤提灯が点灯していて、営業中であることを示していた。


「おそ松くん、ここ?」
「ん、そう…ほんじゃ行こっか」


暖簾を掻き分けてガラッとガラス扉を開けると大将と思しき人の活気のある声。赤塚の街に住んでそれなりになるが、今まで私が来たことのない世界が広がっていた。


「おそ松兄さん!」
「悪ぃ、もう始まってる?」
「いや?始まってない、けど頼んだモンちょこちょこつまんでる」
「お、チョロ松!ちゃんと焼きそばと炒飯あるじゃん!分かってるねぇ」


おそ松くんは、緑のパーカーを着たチョロ松さん?と呼ばれる人と言葉を交わしてから私の方を向き、手招きした。緊張する足取りでおそ松くんの傍に寄ってテーブルを見ると確かに同じ顔が沢山並んでいた。


「とりあえず名前ちゃんここな!」


ここ!とおそ松くんがぽんぽん、と椅子を叩くので失礼しますと声を掛けそこに座った。おそ松くんは私がそこに座ったのを確認すると店員さんを呼び止めて、生中7つと注文した。その様子を見ていた私に気付いたおそ松くんは「え、もしかしてビールダメな人?」と聞いてきたので、首を振った。何でもいけるよ?の言葉を添えて。やるじゃん!って言っておそ松くんは笑った。


「じゃ、ビール来るまでに自己紹介だな。まずは俺!夢はカリスマ!レジェンド!人間国宝!松野家長男松野おそ松でーす!よろしくー!」


おそ松くんは言った。ビシッと決めポーズ付きで。ひょっとして既に飲んでいるのかな?と思わざるを得ないぐらいにテンションが高かった。そして、カリスマ?レジェンド?人間国宝?何の??と疑問符が飛んだがそれに続けと青いパーカーの人が口を開いた。


「フッ、俺は松野家に生まれし次男、松野……カラ松だ!やっと来たか待ってたぜカラ松ガール!」


バーン!と効果音をつけて手でピストルのジェスチャー付きで言い放った青いパーカーの人はカラ松さんと言うらしい。なかなか言い回しが個性的だ。同じ日の同じタイミングで産まれてもやっぱり個性は強く出るんだなぁとぼんやり思った。そのカラ松さんに被せるように、先程おそ松くんと会話していた緑のパーカーの人が声を出した。確かチョロ松さんって言ってたような。


「苗字さん…だよね?えっと、松野チョロ松です。三男です。兄や弟がお世話になったようで、すみません。今後ともよろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」


深々とチョロ松さんは頭を下げるものだなら、私もそれに倣った。礼儀正しいしっかりした人なのかな?そう思っていると、今まで黙ってたおそ松くんが次はお前だぞ一松!と声を上げた。


「………松野一松。よろしく。あ、でも一回会ってるのか…」
「あ、あの時はいきなりすみませんでした。驚かれましたよね?」
「…こっちこそ。その、ありがと…猫缶」


覚えてくれていたようで良かった。一松さんとはあれっきり、私が猫缶押し付けて居なくなってから会っていなかった。あれもおそ松くん同様に偶然の出会いだったといえる。一松さんの次は待ってましたと言わんばかりに元気な様子の黄色のパーカーの人。


「ハイハイハイハハーイ!!僕は松野家五男、十四松!名前ちゃんって言うんでしょ?!よろしくお願いしマッスルマッスル!!ハッスルハッスルー!!」
「もう、十四松兄さんうるさいよ!名前ちゃん引いちゃってるじゃん!…あ、僕は松野家末弟トド松です!賑やかだけど、僕にとっては大事な兄達なんだ。兄弟共々よろしくね?あ、ライン交換しよー」


十四松さんとトド松さんの自己紹介を聞き終わり、私がスマホを取り出そうとしたタイミングで7つのジョッキがテーブルに置かれた。それを手際良くチョロ松さんが配った。


「あ、そうそうお前らに言わなきゃなんないことがあるんだわ」


おそ松くんはジョッキ片手に立ち上がった。それを他の5人の兄弟と同じように見上げる。神妙な面持ちのおそ松くんを見つめる。


「………なんと。…お兄ちゃん、今日競馬で三連単大当たりしちゃいましましたー!!!奢ってやるから皆じゃんじゃん飲めよー!っつーことで、俺ら兄弟と名前ちゃんの出会いにカンパーイ!」
「えっ、え、えぇ?か、カンパーイ」


三連単って何だろう、どうして奢りになるんだろうと思いながらも皆が思い思いにジョッキを差し出してくれるので自分のものとかち合わせる。そんな私に気付いてなのか、左隣の一松さんは三連単っていうのは競馬で1着2着3着の馬の組み合わせを的中させることなのだと教えてくれた。それはなかなか的中させにくいものなのだということも。誰かが、おそ松兄さん勝負師だねーなんて囃し立ててる声もする。
松野家の皆さんは同じ顔のようでいて、それぞれに個性があって飲み会の中盤になる頃には名前と顔を覚えられるようになっていた。じゃあ俺は何て名前でしょ〜?なんて会話に挟んでくるもんだから嫌でも覚える。だいぶ打ち解けられたかな?と思い始めた時、トド松くんが言った。


「ねぇねぇ名前ちゃん!」
「はい?」
「名前ちゃんって普段OLやってるんでしょ??」
「え?そうだけど、どうして?」


気をつけた方がいいよーおそ松兄さんOL好きだから!と十四松さんが茶化した。その言葉におそ松くんは赤ら顔で弟達を咎めた。


「こらこらこら、誤解を招くことを言わないの!」


だって本当じゃん、おそ松兄さんのコレクション知ってるんだから〜。ね〜シコ松兄さん、とトド松くんは茶化した。シコ松さんなんて居たかな?誰のことだろう。
ちらっと隣に座る一松くんを見るとお冷片手に手羽先を延々と食べ続けていた。一松くんに限らず皆顔が赤い。


「一松くん、手羽先好き?」
「猫が好き」
「んん?あ、そうだね、猫好きだよね」
「名前ってさぁ、ひょっとして猫飼ってない?」


名前、と名前で呼ばれたことにドキッとした。一松くんは飲み会の最初から比較的大人しくて、会話を振ってくれたことが少し嬉しかった。平然を装って返事をする。


「飼ってるよ?スコティッシュホールドっていう種類なんだけど一松くん知ってる?!」


スコ?!と、一松くんはその言葉に瞳を輝かせた。よっぽど猫好きなんだなぁ。そのことは他の兄弟にも聞こえていたようで、何故かチョロ松くんはテンション高く大きな声で、ペルシャ!ミケ!マンチカン!スコ!シャム!ロシアンブルー!!と猫の種類を叫んだ。どうしたというんだろう。


「ダメだ、チョロ松相当酔ってるなァ」


おそ松くんがそう呟けば、皆それに同意していそいそと帰り支度を始める。飲み会開始からすでに3時間は過ぎていた。


「名前ちゃんごめん、そろそろお開きにしよっか」
「気にしないで?すごく楽しかった 」


おそ松くんは伝票を手に取って席を立とうとしたので、パーカーを掴んで慌てて引き止める。自分の財布を取り出しておそ松くんに訊ねる。


「あの、おそ松くん!いくら出せばいい?」
「え?いーって、いーって!言ったじゃん、今日競馬で大勝ちしたって。だから奢り」
「そういう訳にはいかないよ、沢山飲んだし食べたし」
「楽しかったんでしょ?ならいいじゃん!ここは男の俺を立ててよ」


俺らも久しぶりに女の子と飲めて楽しかったし、とおそ松くんは続けた。そこまで言われてしまうと、お金を渡せそうにない。丁重にお礼を言い、立ち上がりおそ松くんが会計をしてる間外で待っていた。チョロ松くんはカラ松くんがおぶっている。


「あ、おそ松兄さんご馳走様!太っ腹!大好きー!!」


トド松くんの声に振り返れば、暖簾を潜って出てきたおそ松くん。ぐでんぐでんに酔っ払ってるチョロ松くんを見て笑った。


「おそ松くん、ごめんね。ご馳走様です」
「そういう時って、ごめんじゃなくてありがとうでいいんじゃない?」


ニヤッと含笑いひとつ、おそ松くん言った。ありがとう、と返せばおそ松くんは満足そうに笑った。よく笑う人だなぁ、そう思った。
松野家の詳しい場所は分からないが、方向はどうやら同じようで世間話をしつつ帰路についた。昨夜コンビニの後おそ松くんと別れた交差点まで来た時、おそ松くんは名前ちゃん向こうだっけ?と私に尋ねた。


「うん、そうだよ。ここからもう5分ぐらいだし大丈夫」


今日は本当に、と皆にお礼を言おうとしたがそれはおそ松くんに阻まれた。


「一松、送ってやりな」
「なんで僕が」
「酔った女の子1人で帰せないじゃん。それに名前ちゃんとは猫仲間なんだろ?」


そのおそ松くんの言葉に、一松くんは答えずに背を向けて歩き始めた。無言の肯定。私は「今日は本当に楽しかった!ありがとうございました」とぺこりと頭を下げて、先に行ってしまった一松くんを追いかけた。