4





前の日が遅かったこともあって、土曜日の目覚めはゆっくりだった。登りきった太陽に目を細め、伸びをする。スマホの画面を見ると、11時を知らせていた。
そういえば、とぼんやり昨日の夜松野おそ松さんに出会ったことを思い出す。彼が六つ子のこと、先週の水曜日に路地裏で会ったのは、彼の弟の松野一松さんであること。幻だったのかと思っていたけれど、そうじゃなかったということに少し安堵した。そういえば、おそ松さんとの別れ際に今度飲みに行こうと誘われたけど連絡先を交換しなかったな。もしかするとあれはおそ松さんなりの社交辞令なのかもしれないけれど。突然会った人とそこまで発展する方が稀だと言えよう。
ベッドで眠る愛猫の名前をひと撫でして、ゆるゆると起き出す。平日はする気も起こらない掃除でもしようかなと考える。まずは昼ご飯だと冷蔵庫を開けて確認しようものなら、調味料類や飲み物ばかりで食べ物という括りに分類される物は何も無かった。冷凍食品は?とも思ったがそちらも凍った肉や魚が鎮座しているばかりだった。自分のことは二の次で、愛猫の名前の餌であるカリカリを皿に盛ればその音に反応した、愛猫はまっしぐらにやって来た。それを見てから、私は身支度を整えて外へ出た。
食料を調達しないことには、生きていくこともままならない。あわよくばどこかでランチでもいい。

普段は早朝と夜間の姿しか見ることのない赤塚の街は土曜日ということもあって賑わっていた。花屋の前を通れば花の可憐な香りが鼻腔を擽るし、スタバァコォヒィーの前を通れば珈琲特有の芳しい香りがした。どちらも昼ご飯、からは程遠い店ではあるが久しぶりの休みに街を歩けることが少し嬉しかった。
結局悩んだ挙句、ファーストフード店のカウンター席に私は座り、窓から人々の往来を見つめた。店員さんが持ってきてくれたトレイを受取り、もぐもぐと頬張った。ホクホクのポテトが美味しい。時折、スマホに視線を落とすもこれといった着信は無くて些かガッカリする。たまに同級生から今度はいつ帰ってくるの?といった内容のメッセージが届くこともあるがなかなか普段会える友人からというのは少なかった。上京してからのこの生活にも慣れたがやはりこういう時に寂しさを感じる。
一通り食事が済んだところで店を出る。当初の目的であるスーパーに行って食料を調達しないといけない。私は駅の反対側にあるスーパーを目指した。キョロキョロとウインドウショッピングも兼ねてのスーパーまでの道のりは差ほど時間を感じさせずに直ぐに着いた。主要な野菜や牛乳、愛猫の名前のカリカリ等を購入し、脇目も振らずに帰路を目指した。買い方を間違えたなぁと袋の重さに後悔した。カリカリはネットで購入することが多いが今日はあまりにも安かったのでつい、つい買ってしまったのだ。地面にスーパーの袋を置き、溜め息ひとつ。よし、あと10分頑張って歩いて帰ろうと顔を上げた時、前方から歩いて来る人物に気付いた。さすがに見間違えることはない、何故なら私は昨日その人に会ったのだから。


「おそ松さん!!」
「…えっ?!うそ!名前ちゃん??!まじ?!また会えた!」


すっげー!とおそ松さんは嬉しそうに手を振って近付いてきた。本当に私もまさか昨日の今日で会えるとは思ってなかったのでびっくりだ。


「また、こんなすぐに名前ちゃんに会えるとは思ってなかったからびっくりしたよ」
「はい、私もです!」
「何何、買い物?重そうだけど大丈夫?」
「ありがとうございます、なんとか大丈夫です。おそ松さんは?お出掛けですか??」
「あー、うん、そう。ちょっと動物をねぇ…馬、なんだけど。見に行こうかなァなんて、さ」


おそ松さんは、ポリポリと頭をかいて少し言いづらそうに言葉を濁した。馬、それは多分競馬のことを意味しているんだとピンと来たが私もそれほど詳しくないし人様の趣味にとやかく言える筋合いではなかったので深く聞かなかった。


「おそ松さん忙しいのに呼び止めてしまってすみませんでした。でも会えて嬉しかったです」
「え、そんな!俺の方こそまた会えて嬉しいよ!!」
「ほんとにまた一緒に飲みに行けたらいいですね」


私がそう言うと、おそ松さんは先程と同じようにポリポリと頭をかいて何かを考えだした。しかしその答えは案外早く出たようで、おそ松さんは意を決したように口を開いた。


「名前ちゃん!今夜暇?!」
「えっ?」
「あっ、ごめん!そんな変な意味じゃなくて…良かったら今夜飲みに行こうよ」


うるさいヤツらだけどさ、嫌じゃなかったら兄弟も誘うし、一松も来るよきっと。と、おそ松さんは続けた。急展開過ぎて驚いたが、私は二つ返事で答えた。


「じゃあ19時に駅前のコンビニのとこ!」
「はい、楽しみにしてますね」


そこでお互い歩を進めるが、フッと思い出して足を止める。


「そうだ、おそ松さん!連絡先…」
「あー…ごめん!俺スマホ持ってないんだ」
「…そう、なんですね」
「うん、でも今夜絶対行くからさー」


待っててよ、ね?とおそ松さんは言い、手を振った。私もそれを見て手を振り返し、おそ松さんが人混みに紛れてしまってから足元のスーパーの袋を持ち上げた。