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やっぱり定時ぴったりなんていう日は珍しく、何だかんだとキリのいいところまで、仕事をこなしていると簡単に日は暮れてしまう。華の金曜日だというのに予定という予定もなく、週明け月曜日に会議で使うレジュメにホチキス留めを施して全ての部数をまとめ上げる。チラリと時計を見ると22時を回ろうとしていた。どうしても明日が休みだと分かっているとズルズルと長居してしまう。とりあえず、今日のキリの良い所までは出来たので退勤の準備をする。オフィスに残る人は疎らで、その数人にお先です、お疲れ様ですと声をかける。

電車の中はどちらかというと仕事帰りよりも仕事帰りに呑んだ、という人の割合の方が多いようだった。
最寄り駅手前辺りから今日の晩御飯を考え始める。仕事中は気にならないが、終わるとどうも気が抜けるのか空腹感が目立ってくる。どうしてもこんな時間になると、市販のものに頼らざるを得ない。こんな時間から料理を作って食べるというのはとても面倒くさく気が滅入る。料理は人並みに出来ると自負しているが、それを披露する機会は少ない。料理をしたとしても、まれに早く帰れた日や土曜か日曜ぐらい。そんな週末でさえ外食などで済ましてしまう事が多く、うちのキッチンは頗る綺麗だ。

電子音と抑揚の無い店員の声に招かれて、コンビニで今日の晩御飯を探す。そういえば、先週の水曜日にここでお酒や猫缶を買ったことを思い出す。同時にあの日路地裏で出会った男の人のことも。あれ以来、家に帰る前など路地を通り過ぎる時は気にかけるようにしているがそこにいるのは野良猫ばかりで、あの人と会った記憶は幻だったのかとさえ思ってしまいそうだった。
おにぎりとサラダをカゴに入れる。ドレッシングは確か瓶のやつが家にあるからいいか。ブラブラとコンビニ内を物色する。明日は休みだし折角だ、とビールやらハイボールやらもこの際カゴに入れてしまおう。この時間帯の店内には私も含め数人程度といった所で、店内を動き回るのは容易かった。カゴを足元に置き、雑誌のコーナーに立ち寄る。雑誌なんて付録が気になる時ぐらいしか買わないが、何気にページの後ろの方にある占いなんかを楽しみにしていたりもする。パラパラとめくりお目当てのページにたどり着き、自らの星座の運勢を目で追う。
やっぱり恋愛運はいくつになっても気になるもので、ついついそこに目がいってしまう。【新たな出会いの予感。過去を断ち切って進むと良い。カップルの人は転機が訪れる予感。ラッキーデー9日、18日】そう書かれた到底当たりそうもない内容に辟易して雑誌を閉じた。そもそも占い師のサリージャ池田という名前からして胡散臭い。そういえば、今日はその18日だったけれど何一つラッキーな事なんて無かった。日が変わるまでのあと一時間少しで何が起こるというのだ。思っていたよりも陳腐な内容の占いにガッカリしてレジに向かった。
ピッピッとバーコードをスキャンされた商品が袋に詰められて行くのを見、財布を開ける。ちょうどその時隣のレジのお客さんの声に何の気無しにちらりとそちらを見た。


「あと18番のやつ。ん、そうソフト。それ1つ」


赤いパーカーに身を包んだその人は慣れた様子でレジ後ろのタバコの注文をしていた。私はこの人の顔を知っている。あの、1945円です。とレジの人の言葉にハッとして咄嗟に1万円札を出した。パーカーの人の方がレジは早くて、渡されたおつりの8055円を乱雑に財布に押し込んだ。
入店時と同じ電子音と店員の抑揚のない声を後ろ背に聞いて、店を出た。キョロっと道路を見渡せば10メートルぐらい先をパーカーの人は歩いていた。良かった、うちと同じ方向なんだと思いながら小走りで駆けた。カツカツとハイヒールの音に気付いたのか、その人はくるりと振り返り目が合った。


「ん?」
「…あ、れ?」


何か違う。先週の水曜日少しの間会って話をしただけで、何がどう違うのかなんて言われると返答に困るけれど何かが違うと直感で思った。


「え?オネーサン、もしかしてナンパ?」


なーんちゃって、と鼻の下を擦りながら目の前のパーカーの人は言った。あの時とだいぶ雰囲気が違うように思える。


「あ、え、っと急にすみません。見た事ある顔だなって思って…」
「見た事?えー、おかしいなぁ。俺だったらこんな、可愛いオネーサンとお近付きになれたら忘れないと思うんだけどなァ」


カラ松かな?それともチョロ松?あ、トド松か!いや十四松??まさかの一松?!沢山人の名前と思しき単語を口にしながらパーカーの人は考えて込んでいた。


「あの、先週の水曜に、路地裏で猫に餌をあげていたみたいなんですけど…」
「えっ!!まさかの一松?!」
「…??」


その後軽く自己紹介し彼が松野おそ松さんだということや同い年であること 、彼は六つ子で、同じ顔があと5人もいることなどを教えてもらった。同級生に双子の友達なんかはいたけれど、六つ子まではなかなか聞いたことがない。実感が湧かないがどうやらこの間会った人は四男の一松さんという人らしかった。


「へぇー、一松にこんな可愛い知り合いがねぇ」


あいつも隅に置けないねぇ、なんてニヤニヤしておそ松さんが言うもんだから、そんなんじゃないですよ!と否定した。あんなの知り合いにすら入らないよ、と言いたかった。
少しの立ち話の後、良かったらまた今度飲みに行こうよ!とおそ松さんが言ってくれて別れた。遅いから家まで送るとも言ってくれたが、この場所から家まで5分もかからないので丁重にお断りした。けれどおそ松さんは、私が曲がり角に消えるまでずっと交差点で立ってこちらを見ていた。最後ぺこりと頭を下げればおそ松さんは、バイバイと手を振ってくれた。