▼9話 恋する十四松
泥棒よろしく、それぞれの色のほっかむりをした5人に遭遇した。
「皆何やってんの?あれ?一人足りないじゃん」
あれ、とおそ松が指さした先には黄色いつなぎの十四松が歩いていた。
「デートだよ、絶対今日もあれデートだよ」
ぼそりと呟く一松に目が点になる。あの空元気な野球大好き十四松がデート??と。そんな私を見てかおそ松が事の顛末を聞かせてくれた。最近十四松が元気がないことや、彼女らしき女の子と2人で撮ったプリクラを握って寝ていたことやら。
「これは兄弟としての使命だよ。あの十四松が恋をしてるんだぞ?お兄ちゃん応援しないわけにはいかない!」 「絶対余計なことするだろ!帰ろうよぉ、もう」
おそ松の発言に一抹の不安を感じた。この兄弟絡むとろくなこと無いんだよな。
「じゃあ私はこれで!」
早く退散した方がいい、と全神経レベルで警告されている気がして踵を返す。しかし、その肩をがしりと逃げられないように掴まれる。
「知られた以上帰す訳にはいかない、ってね!」
ニヤリと笑みを浮かべるおそ松に身震いした。いろんな意味で。
オープンテラスのカフェで座って待つ十四松を遠目にコソコソと相談するこの兄弟は悪目立ちしている気がする。周りの視線が痛い。
「なぁ一松、エスパーニャンコ使えないかなぁ?」 「あぁ、無理。とっくに薬切れてる」 「ダメかぁ」
おそ松と一松の会話を聞きながらも、皆視線は十四松に向けていた。
「ねぇ、そっとしといたら??私はその方が……」 「キタっ!!あれじゃない??!」
私の言葉をおそ松が遮った。その後に続いて、こっちまで緊張する〜とチョロ松が言った。そして皆口々に不安を表す。 目がくりっとしていて、長い髪をひとつに前で三つ編みをして、そばかすがチャームポイント!そんな純朴そうな女の子が十四松の相手だった。十四松も満更でないようで顔が心なしか赤くなってた。十四松の渾身の新ギャグにも彼女は笑っていて、そんな2人が微笑ましくなった。
「なんか、楽しそうだね」 「うん、普通に幸せそう。なんかボロボロだけど」
十四松と彼女の他愛もない遊びを遠巻きに見ながらチョロ松とトド松が言った。
「ねぇ、もうそっとしとこ?夕方だしさぁ」
と、私が言えば一松ももう帰ろう?と続いた。それに同意してトド松も立ち上がってほっかむりを取る。そこでチョロ松が大事なことに気付く。
「あれ?おそ松兄さんは?」 「そういえば、居ない、ね」
そう、長兄であるおそ松が居ないのだ。てっきり2人の邪魔でもしに行ってるのかと思ったが、そうでもないようで付近に姿は無かった。
その後私はみんなに、くっついて松野家にお邪魔していた。おそ松の行方が気になったからっていうのもあるけれど。デートが終わった十四松も帰ってきて松野家は賑やかだったが長兄は相変わらず不在だった。十四松と一松の戯れに目を向けていると、噂の人物は襖を開けた。
「あぁ、お帰り!どこ行ってたの?」 「え、あぁ、ちょっとね!てか名前来てたんだ?」 「うん、お邪魔してます」 「俺のことが心配で?」 「バーカ」
帰ってきたおそ松にホッとする。どこに行っていたのやら。抜けるならちゃんと、誰かに言いなよねと言いたかったがトド松が朗報だと言わんばかりに声を張った。
「ねぇ聞いてよー!実は十四松兄さん、あの子に次会うとき告白するんだってー 」
いつもならこの手の話題には喜んで茶化すのに、今日のおそ松は違った。違和感を覚えた。 おそ松はそのまま一松に技を決められた十四松の元まで来るとしゃがんで目線を合わせた。
「十四松、話あんだけど」 「ん??」
しばしの沈黙。そして、
「てめぇ!俺より先に彼女作ろうとうとしてんじゃねぇーよ!!」
と、十四松に技を重ねて決めた。違和感は杞憂だったようで、その後十四松はここぞとばかりに皆に絡まれていた。笑いが止まらない。ああ、あの子もこんな感じなのかな?と昼間見た十四松の彼女に思いを馳せた。 それじゃあ、また報告聞かせてよね!と告げその日私は帰宅した。
それからしばらくしない間に、松野兄弟達に呼び出された。場所はいつものハイブリッドおでん。十四松が振られたから励ましてやろうと思うんだけど名前も来ない?という連絡があった。十四松が振られた?あんなに幸せそうだったのに、どうして?そのことばかりが頭の中を支配して急いで向かった。 遅れてきた私は卓の隅でうつ伏せている十四松のそばに座った。
「はぁー、絶対うまくいくと思ったのにー…」 「いやぁ、振られるだろ」 「なんで?」 「だって全員ニートじゃねーか」 「確かに!」
アハハハハと笑いがこぼれるハイブリッドおでん。全然笑えねーよ!働け!と私が声を出すとみなが耳を塞いだ。
「こんな俺らに付き合ってくれるのなんて名前とトト子ちゃんぐらいじゃねー?」 「確かに!」
アハハハハとまた笑いがこぼれた。でも十四松はそれにも反応がない。おそ松の高菜の花発言にも反応がない。
「…ねぇ、十四ま…」
丁度私が十四松に声をかけようとしたところ、おでんのはんぺんがカラ松にぶち当たったことをきっかけに暴れだした。
「ちょっとみんないい加減にしなさいよ!」
ぴちょん、という水音がしたかと思うと堰を切ったように十四松は泣き出した。それに5人の諍いは止まった。わんわん泣く十四松に何も言えなかった。私もそっとハンカチを十四松に渡すぐらいしか出来なかった。 しばらくした後にトド松が、おずおずと十四松に彼女のことを聞いてもいいかな?と切り出した。 そしてぽつぽつと十四松が語り出した。二人の出会い、事の顛末を。
「彼女、すごい笑ってくれたんだ。面白いって。大好きだって。でも、もう会えないって…」
一度止まった十四松の赤い目から、再び大粒の涙が零れた。
「田舎に帰るらしいんだ。今夜の新幹線で」 「会いに行けば?まだ間に合うでしょ」 「でも、ボク振られ…」 「大丈夫だって!だって、引越しする日に誰かに会うって結構面倒臭いことだよ?」
ガタン、と立ち上がり十四松はおそ松のその言葉に後押しされて走っていった。そんな十四松の雄姿を見届けようとおそ松以外の4人が立ち上がろうとして、おそ松はバンと卓を叩いて制した。
「…ダメ。俺、今日金無い」 「は?」 「なーんっつて、どう?惚れ直した?」
ニヤリとおそ松は私に向かって笑った。
------------ 十四松、君に幸あれ。
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