▼2話 おそ松の憂鬱



「あいつらどこいったんだよ〜。お兄ちゃん寂しがってるよぉ?」
「おそ松何言ってんの?独り言??」
「おー、名前じゃん。買い物ー?」
「そ、そうだけど…」


会って早々に、おそ松からことの顛末を聞く。
気が付いたら家で一人だったこと、兄弟みんな外出してて暇だったことを教えてもらいながらおそ松と肩を並べて歩いた。


「っていうか、今まで家で何やってたの?」
「一人で6役ポーカー」
「え…」


丁度おそ松の言葉に絶句した時、おそ松はひとつの看板に目を奪われていた。橋本にゃーと書かれており、どうやら流行り?の地下アイドルのようだった。


「おそ松興味あるの?」
「いや、確かチョロ松が…」
「?チョロ松アイドルに興味あるんだ?じゃあチョロ松居るかもね?見に行ってみる??」


暇だったことと少しの好奇心から私はおそ松に同行した。あの真面目なチョロ松がアイドル好きだったとは知らなかった。見に行ってみる?と言っておきながら本当に居るのかと疑問にも思いながら階段を下りた。
そんな私の不安をよそに本当にチョロ松はそこに居た。所謂アイドルの握手会?とやらに並ぶチョロ松に遭遇した。おそ松はそんなチョロ松に、何してんのー?と間延びした声で話しかける。それに心底驚いた様子のチョロ松。


「っていうかなんで名前ちゃんもいんの?!」
「そこで会った」


おそ松は続けた。顔は結構普通じゃない?クラスにいるレベルとアイドルを批評した。他には販促物のダメ出し。極めつけにはそのアイドルの名前を間違って叫ぶ。散々ディスられても、次の方と呼ばれれば嬉しそうにそちらの方へ行くチョロ松を遠目から眺める。


「チョロ松嬉しそうなんだからさ〜、邪魔しちゃ悪いよ。そう思うでしょ、おそ松………あれ?」


すぐ横にいると思ったおそ松の姿は無く、よく見るとチョロ松の握手会に乱入していた。くらっと頭痛が襲う。その後おそ松からアイドルに向かって繰り出される放送禁止用語の連発に激しい頭痛がぶり返し、一足先にその会場をあとにした。
その後会場の外で三男に殴られる長男を傍観した。止めない。悪いのはおそ松だから。


「失せろ。貴様は今日限り赤の他人だ」


チョロ松のその言葉を最後にその場を後にした。


「なんだよー。よかれと思ってやったのに」
「あれはおそ松が悪いでしょ」
「えー?そうかぁ?」


そうかぁ?そうかなぁ?と不服そうに呟くおそ松。じゃあさ、代わりに名前がチョロ松と握手してやってよ!あいつ喜ぶよ!とおそ松は笑って言った。握手で喜ぶなんて童貞か!
…いや童貞だったこいつらは。

おそ松の戯言を聞き流しながら歩を進め、公園の池にかかる橋の上でカラ松を発見した。
サングラスをかけ直しながらチラチラと女の子を見るカラ松はどこからどう見ても不審者だ。


「ねぇ、おそ松。カラ松に声かけるのやめようよ。なんか痛々しいよ」
「ん?どしてー?」


ケロッとした表情で言い放ち、おそ松はカラ松に駆け寄りその肩を叩いた。


「フッ!やっと来たかい?カラ松ガールズ」


カラ松は待ってましたと言わんばかりに勢いよく振り返り、そこにあったおそ松の変顔に驚いて、落ちた、池に。それは見事な弧を描いて。

カラ松と別れた後、2人で商店街のアーケードを歩いた。


「ちょっと驚かそうとしただけじゃん。サービス精神じゃん。殴らなくてもよくない?」


おそ松の頭にたんこぶ一つ。自業自得の産物だ。


「ねぇ名前もそう思うでしょ?慰めてよ〜」
「いや、それはおそ松が悪いからね」「お前さっきからそればっか!名前は誰の味方なわけ?」


あ、トド松だ!とその困った質問を切り替えた。現にトド松が前方から歩いてきている。それも両手に花状態で。しかし、おそ松は恐れもせずにトド松に駆け寄った。


「おーいトド松ー!何?デート中?ちょうど良かった混ぜてよー。今日暇なんだよ。チョロ松もカラ松酷いんだぜ?全然相手にしてくれなくて…」


トド松はその長兄の言葉にしれっと、どちら様でしょうか?と被せて歩き出す。両側にいる女の子もぽかんとし、知り合いー?とトド松に尋ねている。
しかしトド松は私に気付くと、ウインクひとつし、ごめんねと口をパクつかせた。こういうあざとさは昔からでそれが逆にトド松らしさだった。


「くそが!もう誰も信用しねぇ!!」
「長男信頼されてないねぇ」
「うっわ!名前までそんな事言う?お前のことだけは信じてたのに」
「ごめんごめん、私はおそ松のこと好きだよ?」


じゃあ俺ら付き合っちゃうー?なんてにやにやして言うもんだから、そんなんじゃないと、突っぱねた。

また少し歩いて今度はオフィス街の一角。ビルとビルがひしめき合うそんなニートと不釣り合いなこの場所で四男の一松を発見した。


「一松?あいつこんなところで何を…」
「猫でしょ、どう考えても」


もうやめたら?の私の声も無視しておそ松は路地裏に入った一松を追いかけた。私は狭く薄暗い路地裏に入っていくのに躊躇い、ここにいるからね!とおそ松に投げかけた。その言葉はちゃんと届いていたようで、おそ松はひらひらと手を振った。
しばらく後に路地裏から出てきたおそ松は狐につままれたような顔をして、兄弟の意外な一面に触れたと何度も言っていた。


「知らなかったなぁ、共に産まれて二十数年。兄弟の知らない一面ってまだあるんだぁ」
「??そう一松のあれは今に始まったことじゃないよね?」


あの猫好きは、という意味を含ませて言ったのだがおそ松はそれにギョッとした表情で返した。え?私変なこと言った??
そんな話をしながら川沿いを歩いていると、待ってましたと言わんばかりに五男の声が聞こえてきた。それも川の中から。ばっしゃばっしゃと川の中をバタフライで泳ぐ十四松を横目で見、おそ松は、あるんだぁ…。と呟いた。


「うん、さすがにあれは私も知らない一面かな」


そして私たちの終着地点はハイブリッドおでん。もう陽は傾いていた。二人並んで屋台の椅子に腰掛ける。


「ビール」


と店主のチビ太に呟くもツケを払ってからだと言い返されていた。その間に、大根と巾着を頼む私。からしをちょんと付けて割りばしで大根を割れば中まで味が染みていて食欲をそそった。でもおそ松はそんな私に目もくれず、ぽつぽつと語りだした。


「そう言うなよチビ太。今日は色々参っちゃってんだ」


最近弟達とうまくいってないんだよ、と。まるで、彼女とうまくいってませんという恋愛話のように、それはもう切々と。兄弟に嫌われてるんじゃないかとまで言うおそ松に同情してか、チビ太は瓶ビールをおそ松に出した。チビ太はこういう所が甘い。
そこからおそ松の愚痴り大会が始まった。私はチビ太の的確な返答にうんうんと頷く。自分の主観的な話も織り交ぜながら、チビ太いいこと言うなぁと相槌を打っていたらおそ松は口を開いた。で?と一言。その言葉に私とチビ太はおそ松を見た。


「え?いやだから兄弟は大事に……」
「関係なくない??!お前が兄弟欲しかったことと、俺があいつらにムカついてることと今関係なくない?!何感動させようとしてんの?無理なんだけど!そんなん言ったら俺だって一人っ子が良かったわ!ある?ダースで服買われたこと!地獄だよ??アイデンティティ崩壊するよ!どこいっても指さされるし、いくつになっても比べられるし、六つ子って五人の仲間がいることじゃないからね?五人の敵だからね?ね!!」


おそ松は早口で間髪入れずにまくし立てた後、帰る!と立ち上がった。私はそのガタンと立ち上がった音にハッとし、今日の分だとお金を卓に置きおそ松を追った。


「おそ松っ!」
「うっせぇ!来んな!!」


ぷりぷりと頭から湯気でも出るんじゃないかというぐらい憤怒するおそ松。


「おそ松ったら!長男だろうとおそ松はおそ松でしょ?!そんな悲しいこと言わないでよ!」


その言葉にピタリと足を止めたおそ松に追いつく。もう距離が離れないようにそのパーカーを握る。


「…ごめん」
「うん、分かってくれたら…それでいいけど」
「やっぱ、俺にはお前だけだわ!」


それは無い!と、広げられたおそ松の両腕を全力で回避した。



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お兄ちゃんだって頑張ってるんだから。