小説 | ナノ

兄弟同然で、ずっとずっと一緒にいた。産まれてから二十年以上の長い年月で培ってきたものを考えると私はどうしたらいいんだろう。どう答えればいいんだろう。今までいいな、って錯覚することだって無かったとは言いきれない。でも、まさか、一松がそんな風に思ってたなんてそんなの誰が想像出来たであろう。他人と必要以上に、いや必要があっても馴れ合わないような人間。斜に構えてるんじゃなくて、本当に関わりたくないだけ。
そんなのはずっと前から知っていた。そんな一松だからこそ私は耳を疑った。



「ねぇ、俺の物になってよ」



しばしの沈黙。久しぶりに来た松野家の兄弟の部屋で私は一松と一緒に猫と戯れていた。私はどちらかといえば猫派なのでその点一松とは気が合う。


「は?一松何言ってんの?」


今まで撫で続けていた手がぴたっと止まったもんだから猫も不審そうに、私の方を見上げる。それでも一松はそんなこと関係ないと、口にした。


「名前、俺の物になって」
「そ、それは聞こえたけど。なに?俺の物って。」


も、物じゃないんですけどー、と冗談めかして一松の方を見る。しかし奴の目は本気そのものだった。今まで友達で、兄弟同然で、幼なじみで、他に何を求める?このままでいいんじゃない?そう言いたかったけど、どうやら一松はそれでは不服のようだった。


「恋人になってよ。相手がニートじゃダメなの?」


誰か、どの松でもいいから帰ってこいよ!この場を、この空気を断ち切る松現れろよ、と思いながらも内心だらだらと流れる汗。イエスと答えないと何しでかすか分からない、それが松野一松という男だ。



「そ、そういうのってお互い良く知り合ってから…じゃないですかね?」
「十分知り合ってると思うけど。」
「た、確かに。」
「名前は俺のこと嫌いなの?好きだよね?」


一定の距離を保っていたのに、一松は撫でてた猫を手放して四つん這いで一歩一歩確実に近付いてくる。一松から解放された猫はぴょんと窓辺に飛び乗って、陽の当たるソコで丸くなった。


「あの、一松、さん?」
「なに?」
「近いよ」


私のパーソナルスペースにガンガン侵入してくる一松を止めよう声を上げるも、一松には右から左のようで。私自身後ずさりたいが、壁に背をあずけていた為すでに退路は絶たれている。


「いやなの?」
「嫌っていうか、なんていうか。一松はさ私にとって友達であり幼なじみであり、兄弟みたいなもんなのよ。だから急に、はいそうですか付き合いましょう!とはならないんだよね。」


今までそんな風に意識したことなかったし、とゴニョゴニョ尻切れ具合いに呟いた言葉も一松には届いていたようで一松はニヤリと笑った。それは大層不気味に。


「じゃあイヤでも意識させる」


不気味な笑みを浮かべたままの一松と、その様を硬直して見つめるしかない私。まさに蛇に睨まれた蛙といっても過言ではない。何?意識させるって?そんな簡単にいくもんじゃないでしょうよ。人の気持ちなんだから。そう抗議しようと口を開こうものなら、それを察したのか一松に阻まれる。
正確には一松のくちびるに。ちう、という小気味良い効果音付きで。


「どう?変わった?」


しれっと、悪びれる様子もなく自身のくちびるをペロリと舐めて一松は言い放った。




2016.03.02

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