小説 | ナノ

社会人の人達、所謂大人が感じる一年と私達学生が感じる一年は同じもののはずなのにそれぞれに違う。大人は決まって言うのだ、一年はあっという間だと。
きっとそれは大人が仕事だ家事だと毎日が慌ただしく過ぎてしまうからだと思う。学生だって毎日、毎週時間割りに沿った授業や、部活、バイトと忙しいはずなのに違うのは不思議である。



「そんな生活もあと少しでしょ。」


じとっと、書類を記入する手を止めて私を見るのは一松先生。彼はこの学校の養護教諭なのだ。所謂保健の先生ってやつで、結構一般的に、保健の先生ともなれば生徒に慕われていたり、こぞって訪れる生徒がいたりするものだがこの人は違った。愛想も悪いし不気味なところがあるからあまり生徒が来ない。本人はそんなことどこ吹く風で、むしろあまり人が来ないことを快くさえ思っているようだった。
最初は私も怪我をして訪れた時初めて一松先生を見てぎょっとしたが、不思議なことで意外と話をしてみると面白いことに気付いた。(私が一方的に話んだけど)
それ以来、私はよく保健室に訪れてはベッドを拝借している。


「一松先生は寂しいとか思わないの?もう私卒業したら来れなくなるんだよ?会えないんだよ?」
「あっそ…。」
「先生素っ気ないね、まぁそこが先生らしくて好きなんだけど。」
「へぇ。」


さりげなく、むしろさりげなさ過ぎて気付かれてないような私の告白は見事に保健室の空気に溶け込んでいったようだ。
寝転んだベッドから一松先生の方を再び見るが先生は、忙しそうにペンを動かしていた。何をそんなに記入することがあるんだろう。今のが他の松野先生ならなんて言うだろう…おそ松先生辺りだったら、ちょっと照れた顔して、好きとか簡単に言うんじゃねーぞ!とか言いそうだなぁ。トド松先生は、ボクも好きだよー!とか軽く流しそうだし、カラ松先生は…なんてぼんやり考えている内に、ふと感じた保健室の静寂に気付き顔を上げた。先程まで一松先生が動かしていたペンは机に転がっており、先生は私の方を見ていた。絡んだ視線にドキリとする。


「いち、松先生?」


少し上擦った自分の声。らしくない。



「…あのさ苗字。」
「な、何?」
「もう下校の時間過ぎてるんだけど。」
「え?」


卒業と同時に訪れる春という季節が近づくにつれ、伸びる陽の長さに時間の感覚がなくなっていた。ハッと保健室に掲げてある大きな丸い時計を見ると、一松先生の言う通り下校時刻は過ぎていた。確かに私が保健室のドアを叩いたのも遅かったが、そんなに経っていたことに内心驚いた。


「ご、ごめん。もう帰るね。」
「ん、俺も帰る。」


私がベッドからすごすごと降り、傍らに置きっぱなしのコートとマフラーを身に付ける。

何も変わらない、変われないことにもどかしくて悔しくて奥歯をぎゅっと噛み締めた。どんなに一松先生が好きだって所詮は先生と生徒。どうにかなることの方がおかしい。分かってるのに、保健室に屯する私を受け入れてくれる一松先生の優しさに甘えてる。その優しさに期待してる。


「一松先生?」
「早くしな、ここの鍵、職員室に返してくるから。」


まだ帰りたくない、そんなこと口にしてしまったらきっと一松先生は困るだろうな。露骨に嫌な顔をするかもしれない。普段より眉間のシワが増えちゃったりして。だから言わない。言えない。

ガチャリと保健室が施錠された音で、ハッと我に返る。夕闇が犇めく窓の外とは真逆に煌々と蛍光灯の光で照らされた廊下に、白衣を纏った一松先生と私。眩しくて隣が見れない。


「なんかあった?…元気ない。」
「い、ち松先生…っ」


先生の不意の優しさ。私の変化に気付いてくれたんだっていう嬉しさ、安堵感からか私の左目からぽろっと涙がこぼれた。堰を切ったように今度は両目からぽろぽろと溢れる涙に、一松先生の目は見開かれた。普段気だるげな一松先生の目が、今はおろおろと不安そうに揺れている。それが可笑しくて。


「な、なんで泣きながら笑ってんの?何?何なの?!」
「なんでもないです。」
「え?ちょ、なら、涙止めてよ。」
「じゃあ一松先生が止めてください。」
「…なにそれ。」


焦ったような、困ったような表情の一松先生が愛おしい。先生はきっとこんな時どうしたらいいのかなんて到底見当もつかないのだろう。先生は、苦肉の策からか、自分の白衣の裾を握って、その裾で私の涙を拭った。物理的に涙を止めやがったのだ。


「…キスの一つぐらいしてくれたら涙も引っ込んだかもしれないのに」
「マセガキ」


一松先生はキスこそしないものの、そう呟いたあと、そのよれた白衣の中に私を閉じ込めた。突然のことに驚きはしたが、今はこの時間に酔いしれようと思う。一松先生の匂いがこんなにも近い。



2016.03.01
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