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その猫、あなたの猫??


出会いはそう、突然に。


いつものように安っぽいサンダル引っ掛けて、お馴染みのパーカーにジャージ。もちろん髪はボサボサ、最後にマスクで顔半分を隠す。はいはい、生きててすみません。地球の貴重な空気を吸って、んでもって二酸化炭素吐き出しててすみません。卑屈よろしく、平常運転。
そう、平常だった。そこまでは。
で、冒頭に戻る。


「その猫、あなたの猫なんですか?すっごく懐いてるみたい。」


路地裏に唯一、日が差す場所は猫たちのたまり場。そして俺自身のたまり場でもある。そんな場所に場違いな女の子。
彼女はそう俺に話しかけ、かわいいと猫に呟くと躊躇せず俺の隣にしゃがみこんだ。まるで小さい子に目線を合わせるような感じで。
あ、スカートの後ろが地面について汚れそう。そんなことをちらりと横目で見、ぼんやり考えていると、彼女は返事をすぐにしないコミュ障の俺に悪態をつくことなく同じように猫に手を差し出した。


「…俺の猫じゃない、けど、面倒は見てるだけ。」
「猫、好きなんですね。私も大好きです。」
「そう…」
「はい!」


今まで一度たりともなかった。年の近い感じの女の子が隣で、同じ猫という対象物を見つめている。そして心底好きなのか、猫に温かい眼差しを向けている。それはキラキラしていて、あぁ住む世界が違う人間なんだと思い知らされた。
そんな相手になんて言えばいいのかなんて分からなくて、訪れる沈黙が苦しい。トド松ならベラベラと色んなことをまくし立てて、この子の喜ぶようなこととか平気で言ってやれるだろうに。そんなことを考える自分がますます嫌になった。そうなった時の俺はいつもそう、その場から逃げ出すのだ。
手にしていた残りの煮干をぱらぱらと地面に落とすと、猫はすかさずそこに群がる。中には腹を見せ、もっともっとじゃれてせがむ猫もいる。そんな猫の姿を見ると名残惜しいが、そうも言ってられない。今はこの沈黙が辛いのだ。
そして膝を伸ばし立ち去ろうと腰を上げる。
あぁ、名残惜しい。女の子
じゃなくて、猫に。今日はまだ全然癒されてない。


「あ、あの!また、会えますか?」
「……え?…こいつらはいつもこの辺にいてるけど。」


不意に声をかけられたものだから、思わず彼女の方を見た。途端ぱちんと視線がぶつかる。立ち上がった俺としゃがみこんで見上げる彼女。当然上目遣いにもなる。当たり前のことなのに、クラクラした。


「猫じゃなくて、またあなたに会えますか?って意味です!」


ふふっと笑いながら言う彼女から目が離せなくて、いつものように「さあね」という愛想のない返事しか出来なかった。くるりと踵を返すも止まらぬ彼女の声。それに比例して響く鼓動。


「私、苗字名前って言います。あなたの名前は?」


もう彼女の方なんて振り向けない。振り向けるはずない。赤みを帯びてきているであろう顔をマスクで隠した。そしてゆっくりと背中で受け止めた彼女名前を反芻した。


「俺は…松野、一松…」


そして声を振り絞った俺は、路地裏から抜け出した。

これが初めて彼女と出会った日の話。




2016.02.28
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