「…誰?」 加奈達がようやくプールに飽きたのが30分前。そして後片付けやら子供達の着替えやらが終わったのがついさっき。未だに私は水着で、パーカーを引っ掛けただけの出で立ち。そんな出で立ちで玄関を通った際、今の陣内家では珍しい男性というものに出会った。 万理子おばさんに、はしたないとたしなめられながらも視線はその男性に注がれている。ひょろりとした背丈にラフな服装、しかし誠実そうな空気を纏っていて嫌いではない。男性は私を見るや否やギョッとした顔で、今は赤くなっている。陣内家に居たっけか?新しい親戚?なんて分析していると後ろからひょっこりと見知った顔が現れる。 「夏希ぃ!」 「なまえちゃん、久しぶりー」 ひまわりのようなにこやかな笑顔で現れた夏希は、私の今の格好を否定することなくむしろ肯定しながらもぽんぽんと言葉を繰り出す。1つしか歳が変わらないというのに、大学生と高校生の壁はベルリンよりも高いようだ。 「なまえちゃんの水着可愛い!プール?」 「あー…うん、まぁチビ達のお守り」 「そうなんだぁ」 「まぁゆっくりしなよ夏希!…に、えーと」 「健二くん!小磯健二くんっていうの。私の婚約者なの!」 「婚約者ぁ?!」 この声は私。だが、それは目の前の男性、小磯くんとハモっていた。すぐに夏希に呼ばれて付いていった。 「ねぇ万理子おばさん」 「なぁに」 「なんでそんな引きつってるの?」 万理子おばさんは私の言葉に未だに引きつった顔のままで答えることなく、2人を案内しに行く。私は疑問符を浮かべながらも、当初の目的を果たすべく庭に向かった。 プールに張ったままの水を大きなじょうろに入れ栄おばあちゃんが育てる朝顔に水を撒いた。プールにはきっとまた明日並々に水を張ることになるだろう。 「…まだ水着のままなの?」 「あ、佳主馬」 朝見た時とはまた違うアイスクリームをくわえながら現れた佳主馬。気楽で実に羨ましい。 「早く着替えなよ」 「暑いし、なんか楽なんだよね」 「…目のやり場に困るん、だけど」 「え?何?なんで急にぼそぼそ喋るのよー」 「聞こえてないなら別にいい」 ぷいっとそっぽを向いて行ってしまいそうな佳主馬に声を掛ける。 「さっき夏希来たよ。彼氏?婚約者?の男の子も」 「ふーん?なまえ姉ぇ先越されたんじゃん?」 「別にいいんですぅー」 佳主馬は生意気にも、小さくくすりと笑って今度こそいなくなった。自然と膨れる頬。すっからかんになったじょうろに更に膨れる。 「もう一回汲みにいこ…」 気だるげにビーチサンダルを引きずりながら、先程のプールに向かう。だが、その途中で私の足は止まる。 「あれ?夏希に小磯くん?」 なんであんなところに?という疑問が頭に広がる。2人なら今頃みんなに居間なりでちやほやされているはずなのに。 「夏希ぃ!何やってんの?そんなとこで」 丁度お風呂場の裏手で2人は神妙な面持ちで話をしているようだった。私が声を掛けると2人はびくりと体を震わせた。 「あ…なまえ、ちゃん」 「何やってんの?こんなとこで」 まるで取引現場を押さえられた犯人のように2人は固まっていた。だけど次の瞬間観念したのか夏希がおずおずと話始めた。 「なるほどね。でも栄おばあちゃんが本当のこと知ったらどう思うかなぁ」 「それは…」 「あと、東大生で旧家の出身でアメリカ留学帰りなんて無理があるんじゃない?それにその設定ってどこかで」 「わーわーわー!とにかく、聞いたからにはなまえちゃんも協力してよね」 ぱちん、とウィンクした夏希にはぁと大きな溜め息を吐いた。その溜め息はまたもや小磯くんとハモっていて、失笑した。 11.04.09 |