gotta | ナノ



「いただきまーす」


2つにくっつけられた座卓に、栄おばあちゃん、万理子おばさん、理香さん、直美ちゃん、由美さん、奈々さん、聖美さん、佳主馬にチビ達で囲む食卓はいつもより3倍増しで美味しい。きっと明日にはこの座卓もまた1つ追加されて、美味しさもまた増すのだろう。スプーンで掬ったかぼちゃの煮付けを加奈に差し出すとニコニコしながら美味しそうに食べるからこっちまで嬉しくなる。


「奈々さん…どうやったらこんな可愛い子が出来るんですか?」
「えっ!?え…えっと」


きっとこれが万作おじさんだったら、下ネタに走って万理子おばさんにたしなめられる…お決まりのコースだろう。しかし奈々さんはわたわたと答えに困っているようで、変わりに答えたのは直美ちゃんだった。


「そんなの簡単よ。イケメンを捕まえりゃーいいのよ」
「イケメン…?」
「元が良ければ、可愛い子が産まれてくるのよ」


赤い頬でビール片手に言う直美ちゃんの発言は意外にも一理あるんじゃないかと思わず感心してしまった。しかしそれを聞いていた栄おばあちゃんは箸を止めて、口を開いた。


「あんたが連れてくるイケメンとやらは、根性無しばかりだ。そんな男は陣内家には必要ないよ」


ぴしゃりと言い放った栄おばあちゃんに直美ちゃんは溜め息を吐いてくしゃくしゃと頭をかいた。確かに直美ちゃんが連れてくる男は、面食いの直美ちゃんにぴったりの所謂イケメン。正直自分のお母さんが格好いい男の人と釣り合うのは嬉しい…が父親になるのとはまた別の話。


「はぁ…どこかにいないかなぁ?格好良くて、優しくて、強くて…」
「なまえ欲深過ぎ」
「直美ちゃんに言われたくない」


ドッと沸いた食卓にみんな終始笑顔だった。加奈なんて意味が分かってない筈なのに、笑いながら手をぱちぱちさせていた。実に癒される。交際だとか結婚だとか飛び越して可愛い子供が欲しいとか考えてしまう辺り、私は少し疲れてるのかもしれない。
みんなに倣って食後の食器をカチャカチャと片付けて、一息吐く。そしてテレビの前にごろんと寝転がった。すかさずチビ達が寄ってくる。


「あー食べてすぐ横になったらいけないんだぞー!」
「へ〜何で?」
「あれになるんだぜー」
「あれって何さ」
「あれはあれだよ…えーっとえーっと」
「…牛?」


そうそれー!真悟と祐平が声を揃えて言った。そして次の瞬間2人は私の周りをぐるぐる回りながら、私を肉の塊だとか新種のなまえ牛だとか言いながらきゃっきゃと楽しそうに笑っていた。何がそんなに楽しいんだか。


「あんた達五月蝿い。寝かせて」


テレビのリモコンに手を伸ばしてプチンと電源を切った。そしてリモコンを放り出す。食後は満腹中枢が刺激されてどうも眠くなる。いけないと分かっているのに、とろん…と。栄おばあちゃんがお風呂から出たら起きよう、うん。そう1人ごちて意識を手放した。
次に意識が戻るのは、ゆさゆさと体の揺れを感じた時。


「栄おばあちゃん…?」
「ちがうよ、僕」
「佳主馬?」
「うん、そう」


ゆっくりと目を開けると佳主馬がドアップで映って驚いた。声にならない驚き。


「何、そのこの世のものじゃないのに遭遇した時のような反応」
「や…だって思いの外近かったから」
「…っ」
「ところで栄おばあちゃんお風呂出た?」
「…は?」


次の瞬間佳主馬は自分の携帯電話をパカッと開いて私に向けた。光る液晶が眩しくて目を細めて画面を見る。


「23時48分…」
「そ、麦茶取りにきたらなまえ姉ぇが寝っ転がってたから一応起こしとこうかなって」
「し…信じらんない!薄情者!陣内家って薄情者の集まりなのね!」
「落ち着きなよ。なまえ姉ぇが気持ち良さそうに寝てたからみんな声掛けなかったんじゃない?…憶測だけど」


佳主馬なりの優しさなのか、私の頭をぽんぽんっと撫でると、お風呂行ってきなよと一言。


「佳主馬行ったの?」
「うんさっき」
「そう…うん、行ってくる。ありがと」


佳主馬の短い黒髪は確かに湿り気を帯びていた。そして私は立ち上がってお風呂に向かった。
素早く服を脱いでこれまた素早く湯船に浸かる。いつもなら浸かりながらうとうとするというのに、今日は目が冴えている。


「はぁ」


溜め息混じりに、桶に汲んだ湯を被ってからお風呂を出た。そして


「あ」


脱衣所でパジャマや下着を持って来ていない事に気付いた。けれど面倒くささが優先されて気にせずバスタオルを巻き付けた。もうみんな寝静まっている時間だし、誰かに会うこともないだろう。それにまだ陣内家には男手という男手が集まっていない。
巻き付けたバスタオルとは別にハンドタオルで髪の毛をわしゃわしゃ拭きながら、ひたひたと廊下を歩いた。途中台所で一杯麦茶をいただく。火照った体に麦茶が染み渡る。そして2階に続く階段を目指す。ちらりと納戸の方を見るとまだ光が洩れていた。


「中坊はさっさと寝なきゃダメだっつーの。佳主馬ぁ?」


シャカシャカ音漏れするヘッドホンをずらして、佳主馬は振り返った。


「何?なんか用……って何て格好してるんだよ!!」
「え?あ、あぁお風呂上がり」
「そんなの見れば分かる!さっさと服着なよ!!」
「そんなに焦らなくていいじゃんバスタオル巻いてるんだから。そりゃパンツまだ履いてないけどさぁ」


兎に角なまえ姉ぇはもっと恥じらいを持ちなよ!と佳主馬にピシャリと強く言い返された。


「佳主馬も早く寝なよねー。おやすみ」


そして私は納戸を後にし、今度こそ2階の階段を目指した。



10.9.25
信じらんない!