gotta | ナノ



「何?」


佳主馬は今度ばかりは学習したのか、私が納戸を覗くとくるんと振り返った。気配を感じとったのかもしれない。


「レポート終わったの?」
「いや終わってない」
「じゃあ何」
「えーっと、佳主馬っお願い!付き合って!」


目を瞬かせる佳主馬に、ハサミとスーパーの袋を見せてトマトの収穫とハヤテの散歩…と付け加えた。


「はぁ…しょうがないな」
「いいの?ありがと。ハヤテも喜ぶよ」
「じゃあ玄関で待ってる」


佳主馬はそう言うとノートパソコンをパタンと閉じてスリープモードにした。私は一度子供達の様子を見に戻り、自身のパソコンも同じようにスリープモードにした。


「直美ちゃーん、栄おばあちゃんに頼まれたからハヤテの散歩とトマト採ってくるー」
「分かったー」
「何個ぐらいいるかな?」
「みんなに行き渡るように」
「りょーかい」


そして玄関に向かう。戸棚の上にあるハヤテのリードを取ろうとした時、あまりにも外でハヤテが嬉しそうに鳴き喚くもんだから思わずビーチサンダルを突っかけて玄関先を見た。


「ハヤテ、お手…おかわり。うん、いい子」


これまた嬉しそうにハヤテを撫でる佳主馬。佳主馬の家はマンションで飼えないし、新鮮に感じるのかもしれない。


「ハヤテおまわり…うん、そうそう。ハヤテすごいなお前」


くるくるとハヤテは自身の尻尾を追い掛けるようにして走り回る、そんなハヤテをくすくす笑いながら頭を撫でる佳主馬。そんな佳主馬の頭を私はそっと撫でた。


「なっ何?!」
「佳主馬いい子いい子」
「何それ馬鹿にしてる?」
「ううん、ちゃんと待っててくれたからさ」


約束したじゃん、そう俯きながらもごもご言う佳主馬を笑ってハヤテの首輪にリードを取り付けた。


「今日はいつもの散歩コースぷらす駄菓子屋ぷらすトマト畑ね」
「何それ…しかも駄菓子屋は寄り道なんじゃない?」
「いいからいいから、はい。よしっハヤテGO!」


佳主馬の手に握らせたリードと、ハヤテへの掛け声はほぼ同時。ハヤテは忠実で、私の声に反応し走り出した。ぐんっと半ばハヤテに引きずられる佳主馬を小走りに追い掛けた。


「ば、馬鹿じゃん!?普通いきなり走らせる?」
「ごめんごめん」
「ほんとになまえ姉ぇって年上?信じらんない。姉ぇって呼ぶのやめようかな」
「いやいやいや、ごめんってば!機嫌直して?」


少し離れた場所にあるいかにも田舎な駄菓子屋、もとい雑貨屋の店先にあるベンチに腰を下ろす。そしてお店のおばちゃんにポケットから100円を渡してアイスキャンディを2本受け取る。佳主馬は1本が50円なことに驚いていた。名古屋ではいったいいくらなのだろうか。


「はい佳主馬の分」
「ん…ありがと」
「言い方がダメ、もっと可愛らしく」
「何それ」


ふんっとまた鼻で笑って佳主馬は受け取ったアイスキャンディを口に含んだ。時々ハヤテの散歩の途中で寄るこのお店は昔馴染みだ。


「なまえちゃん毎日暑いねぇー」
「うん、でも陣内家みんな元気だよ」
「栄さんにお誕生日おめでとうって伝えてね」
「はーい」
「でも珍しいねなまえちゃんが1人じゃないなんて」
「そーお?おばちゃん覚えてない?佳主馬。ほら名古屋に住んでる…」


駄菓子屋のおばちゃんはしばらく思案してからポンと手を叩いた。


「あぁ思い出した!聖美ちゃんとこの」
「そうそうオタク息子…っいた!」
「はいはい佳主馬くんかぁ…大きくなったねぇ。背がぐんと伸びて、大人っぽくなって」


私の足をガツンと蹴ったのは他でもない佳主馬だ。可愛くない可愛くない…加奈を見習え!


「そうかそうか、陣内のみなさんによろしくね」
「ん、分かった。おばちゃんご馳走様」


備え付けのゴミ箱にアイスキャンディの棒を放り込んで立ち上がる。ハヤテもまた再開される散歩に嬉しそうに歩き出した。駄菓子屋のおばちゃんに手を振って、次はトマト畑を目指す。


「おばちゃん佳主馬のこと覚えてたね」
「うん。でもオタク息子は余計」
「あはは」


膨れっ面の佳主馬はちょっと可愛らしい。


「背」
「ん?」
「伸びたって言ってた」
「あぁ、うん。言ってたねぇ」
「あと大人っぽくなったって」
「うん」


嬉しそうに顔を綻ばせるところはまだ幼なさの残る中学生、といったところか。


「なまえ姉ぇなんてすぐ追い抜かすから」
「おぉなんか楽しみだなぁ」
「ほんとだから」
「うん。待ってる」


ハヤテがわんわん嬉しそうに吠えた先にはきちんと手入れされたトマト畑。赤いよく熟れたものが沢山生っているのが分かる。


「佳主馬袋持ってて」
「ん」


ハヤテがトマト畑をうろうろ歩き回っている間にパチンパチンとハサミを入れて、今晩食卓に並ぶであろうトマトを収穫する。


「ねぇ、あれは?」
「え?あ、いいね!」


パチン。そうしてスーパーの袋いっぱいになったトマトの山。


「採りすぎじゃない?」
「い、いいの!食べるから」


右手に下げた袋から1個取り出して、Tシャツで表面を拭いた後かじりついた。佳主馬はその様子を食い入るように見つめる。


「あ、洗わないの…?」
「大丈夫大丈夫。うん、甘くて美味しい!さすが栄おばあちゃんの作ったトマト」
「ふーん?」
「佳主馬も食べてみ?ほら」


自身のかじりかけたトマトを何の気なしに差し出す。佳主馬はおずおずと受け取ったトマトをしげしげと見つめた。


「何もしかして佳主馬トマト苦手?」
「別に」
「じゃあ味見してみてよ」
「たっ食べればいいんでしょ食べれば!」


佳主馬はそうまくし立てると間髪入れずにガブガブと全部食べてしまった。私なんてまだ1口しか味わってないのに。


「お、美味しい?」
「うん、まぁ」
「そんなに急いで食べなくて良かったのに」
「いや……その美味し過ぎて」
「そ、そっか。栄おばあちゃん喜ぶよ」


佳主馬はそれ以降家に着くまで終始無言だった。返事をくれない佳主馬をチラリと見ると、日に焼けた小麦色の肌がほんのりと赤く染まっているような気がした。。



10.9.20
やだ!もしかして佳主馬熱中症?!