「栄おばあーちゃん」 「入りな」 そのままレポートに戻れば良かったのに、何故だか私の足は栄おばあちゃんの居室に向かっていた。パチンと聞こえた音のあとに襖に手を掛けて開けた。 「もう少しで夕飯だよ?」 「あんたはこんなところで油を売ってていいのかい?」 「わ、私はいいの!子供達の面倒を見るのが仕事なの」 「仕事はいいのかい?」 「今みんなお昼寝してて…佳主馬もOZに夢中だし」 そういえばさっき佳主馬が挨拶に来たよ、無事に着いたんだね。おばあちゃんは碁盤と碁石を端に除けながら言った。 「佳主馬は相変わらずみたい」 「そうかい?佳主馬はなまえに会いたくて仕方がなかったんじゃないのかい?」 「まさか!それより加奈が私のことすっごい慕ってくれてさぁーやっぱり私子供好きだなぁって実感したよ」 「それは良かった。目標を見失わないことが大事だよ」 「はーい」 栄おばあちゃんは私との間にもうひとつ座布団を広げると、黄緑色の巾着から花札を取り出した。 私はその巾着をよく知っている。その中には栄おばあちゃんの大切なサイコロが6つ入っているのだ。しかし花札にはサイコロは必要ない。栄おばあちゃんは手慣れた様子で札を配った。 「負けないからね」 「そうだね、なまえは強いから油断出来ないね」 「夏希より?」 「勝負運は夏希のがあるかも知れないね」 「えー」 「引きが弱いのさ」 確かにおばあちゃんの言うことは当たっているかもしれない。現に私の手札は残念なことにカス札で溢れていた。 「ほら四光」 瞬く間に栄おばあちゃんは光札を集め役を作った。 「うわっ栄おばあちゃん容赦ないな」 「油断は禁物だろう?」 「うー。こいこいは?」 「しないよ、なまえがさっき柳に小野道風をとったからね。」 もう五光の役は作れないからね、と栄おばあちゃんは言った。 「私の勝ちさ」 「あーあ。カス札ばっかなんだもんついてない」 「さてなまえ、ハヤテの散歩をお願い出来ないかい?」 「まあ…いいけど」 「ついでにトマト畑から熟れた美味しそうなのを採って来ておくれ」 それがおばあちゃんからのお願いさ。と栄おばあちゃんは悪戯っぽく笑って、園芸に使う大きなハサミとスーパーの袋を差し出した。 「行ってくるね栄おばあちゃん」 「頼んだよ」 「はぁい」 陣内家にとって花札での勝利を勝ち得たものは絶対的な権限を持てる、といっても過言ではない。 私はいそいそと納戸に向かった。 10.9.20 |